見出し画像

野菜ぎらいは野菜によると再認識した話

先日、久しぶりに家ごはんをふるまった時のこと。
友人が、キャロットラペ(千切りサラダ)を「美味しくいただいちゃった」と言うので「もしか、苦手だった?」と聞くと、もう何十年ぶりかで口に運んでみたとのこと。

苦手を確認もせず申し訳なかったよ~以上にそれはよかったが上回り、しばし野菜の話で盛り上がった。

かくいう自分も、野菜は長いこと「食べねばならない栄養素」だったのだが、いつからだったろうと回想してみる。
答えは簡単に出た。義父の野菜を食べたときからだった。

海端でひまひまに育てる義父の野菜は美味しい。
いわゆる自然栽培の畑なんだけれども、何も気負ってないところがすごいんだな。雑草は刈ってそのままかぶせる草マルチに、土づくりは捨て野菜と枯れ草で。手間のかかる作業をあたりまえにこなしている。

農薬を使わない?なら虫はどう処理するのかと尋ねたことがある。
「朝に昼に手でひねるんよ」って、ああそうか、農薬使わないならそうなるのかと腑に落ち、都会っこ丸出し質問をしてしまったと赤面した。

そんな自然との共生を地でいく父の野菜たちをいただいたら、「作らねば」ではなくて「何作ろー」になるのもごくあたりまえのこと。葉っぱや茎も茹でて美味しく食べようと欲がでる。

旬の野菜をたくさんいただく→いろんなレシピで試してみよう思う→作り置き惣菜ができる→副菜を作らない余裕ができてメインをがんばってみようと意欲がでる笑→お弁当もちゃっちゃと整う→家族も美味しく食べてくれる

野菜に突き動かされてる感が半端ない。

帰り際、友人の「これを機に食べずぎらい返上してみようと思う」のひと言に、ちょっと貢献できたみたいでうれしくなった。

この+の連鎖はずっと続けていこう。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?