一日いちにち日々、思いは異なる こどもの頃を振り返る
昨日は終わった、明日はまだ。今日は、一日、いろいろあった。他の人と同じことは。全然、ない。
高齢者といえど、それは同じ。
もう過ぎ去った者から言えば、過去は、いったいなんだったのか。
幼児期ほとんど憶えていない。なんかフッと思い出すことがある。憶えているのか、あとから想像で脳が勝手に創り上げたものか。
自分では、そのシチュエーション、なんとなく納得できる。
少年期、様々なこと。親や家のこと、貧しくても全然、わからなかったこと、親戚や友人のところ、家や持ち物、食べ物、衣類そんなところで、勧化ても、感じても、所詮、どうにもならないと思っていた。
小学校、勉強も体育も好きじゃなかった。ただ言っているだけ。昔は、不登校なんてことも、もともとあり得なかった。親にしたら、学校で預かってもらっている感じ、給食代やその他の経費、待ってもらった思いある。全然、恥ともつらいとも、思ったこともない。
年がら年中、学生服、夏でも長ズボンの一張羅、滅多に洗濯したことはない。あの頃、洗濯機はなかったし。クーラーも扇風機もなかった。ないないづくし、昔は、みんなそうだった。
給食も、美味しくはなかったけれど、食べなければ、欠食、お腹が空く。よくケンカした。犬にかまれたことも、なんどかあった、昔は、野良犬がたくさんいた。それと追いつ追われつが、子供の遊びでもあった。最近は、野良犬なんて、みたこともない。チンケな洋犬ばかり。大きな洋犬も、むかしながらの和犬、あまりみかけない。雑種とか言ってばかにしていたけど。
柴犬ってのがいた、それらしきのもいるが、よくわからない。
時代は、変わった。
これからも変わるだろう。どう変わるか、観てみたいけど、どこまで見れらるか、もうあとがない。
猫は、よく車に轢かれて、死体を野ざらしにしていた。犬は、昔も今も、あまり轢かれない。よく見ると、車の動きをジッと見ている。猫は、スピードに自信があるのか、あまり左右確認をしない、跳躍も、1メートル軽く飛ぶ。身長の4倍ぐらい、すごい!人間なら、道具を使わず見上げるような塀をを飛び越せるか、無理だろう。
散歩コースに刑務所がある。塀は、高い、とても飛び越せない。少々の道具を使っても無理、おまけに鉄線が張ってあり、監視カメラみたいなのもあり、時々職員が自転車や徒歩で見回りしている。
猫は、関係ない。刑務所の塀は、小さい猫には飛び越しは無理だ。
入っても仕方がないし。
出入りするとすれば排水溝か。
どうでもいいことだ。
歩きながら、そんなことを考えた。