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"杜のカラス”ハンドルネーム

 夏のまだ暑い頃、その頃も毎日、近くの神社へお参りに行った。信仰心も多少あるけれど、この雰囲気が好きだ。
 石で造られた鳥居さんがあって、「百度石」とか、「享保五年」とか、歴史を匂わせる刻み込みがある。願い事をするのに、この石を触って、本殿まで行って、それを百回繰り返せば、願い事が叶う。そうした人々の想いが残っている。享保って、江戸時代の終わりだろう。
 いまは神社関係者は、高齢化して、元旦以外は行事はしませんなどの看板が、ずっと立ちっぱなしだ。それはそれで、私は、この雰囲気が続けば有難いと思う一人である。
 近隣の人、境内に入ってくる人、やはりいささかの信仰心はあるようで、道ひとつ離れた公園は、声の大きい人、態度のデカい人、縦横無尽の人、まったく治外法権みたいな状況で、それなりに平穏に過ぎている。
 犬を連れてオシッコさせに、わざわざ遠くからやってきて、大きな犬やチンケな犬を放し飼いにしたり、自慢しあったりしている。
 さすがに神社では見かけない。
 やったら神罰が降ると、無意識潜在下に思っている。
 時々、高齢の方が、掃除している。
 さて、ハンドルネーム、あれこれ考えると難しい。
 思いついたのが、”杜(もり)のカラス”
 夏場にお参りすると、カラスが2,3羽、大きなきつい鳴声で、かぁーかぁ―と怖いほど、泣きわめいていた。
 私だって、カラスは好きではない。好きとか嫌いとかじゃなくて、ある意味、蛇のような嫌な雰囲気、鳴声だけでなく、姿かたちも、黒い、目を合わすこともない、なんか不気味な存在だ。
 そして大きな樹が天を衝くほどに思える。朝の太陽を見るとき、樹々の間を陽光が輝いて目に入ってくる。
 傍からカラスの声が聞こえる。
 あの不気味な鳴声
 ある暑い朝、神社を抜けて住宅地を歩いていると、高齢者が、
「おい、カラスだぞ。」
なんのことやらわからず、一瞬とまどった。
歩く目の前数メートル、カラスが落ちていた!
その高齢者に。思わず、
「ありがとう。」
烏を踏みつけたかもしれない。そんな近くにカラスがいるとは驚き、
死んでいたか、ただ居たのかはわからない。
動かないし声もたてないから、おそらくは死んでいたと思う。
不気味、気持ち悪い。
背筋が凍るほど、ゾッとした。
その後しばらくは、カラスは境内でも、居た、鳴声も聞こえてた。
いつの間にか、神社を離れて、周囲の住宅地をうろつくようになった。
最近は、鳴声が聞こえない。カラスは寒くなると、どこかへ行くのか、渡り鳥だったのかな?
 とりあえず、いなくなった。
 神社の近くの人、カラスの鳴声に頭にきて、殺したのかな。
 それはないと思うが、わからない。
 なんか罰があたりそう。
 もし殺すとして、どうやってと思う。
 猟銃ってわかにはいかない、住宅がいっぱいある。
 山の中ではない。
 いろいろ思うけど、神社も境内のなかも、以前のとおりの静けさ。
 そこで杜のカラスとハンドルネームにしようかと思った。
 あんまり他人は使わないだろうし。
 いつかまた使うかもしれない。
 もし死んで、なにがいいかっていわれると杜のカラスって言うかも。


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