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発話以外に注意を向けると非流暢性が軽減した話。

こんばんは、やのです。
ツイッターで、吃音に関する面白そうな(=個人的に結果が一見直感的でなかった)論文を見つけたので、非研究者向けに日本語で紹介したいと思います。

Eichorn et al. 2019. Effects of different attention tasks on concurrent speech in adults who stutter and fluent controls. Journal of Fluency Disorders. link 

まず、吃音の主症状には以下のようなものがあります。
連発:ぼぼぼぼくは
伸発:ぼーーーくは
難発:・・・ぼくは  (参考:菊池良和, 2019. 吃音の合理的配慮. 学苑社)
今回紹介する研究のテーマは、「発話以外に注意を向けながら発話を行うと、このような特徴を持つ吃音にどのような影響があるか?」ということです。
* ちなみに、私は心理言語学が専門なのである程度論文の内容は理解できますが、吃音の研究者/言語聴覚士ではありません。

では、なぜEichornらは、「話すこと以外に注意を向けさせてみよう」と思ったのでしょうか?まず、その動機を見ていきたいと思います。

OPTIMAL THEORY

この理論によると、ひとは、自動化され、無意識的に行える動作に対して、あえて意識的に注意を向けて制御しようとすると、パフォーマンス(例えば体の動き)が低下してしまうそうです(Wulf and Lewthwaite, 2016)。一方で、無関係のことに注意を向けると、動きの正確さ・能率性が向上することがあります

吃音者は、吃音を予期したり、すでに起こった非流暢な発話に反応することによって、発話により注意を向けていること(Saltuklaroglu et al., 2009)、より自発的(spontaneous)で、楽な(effortless)発話方法ができるひとのほうが、吃音の影響が少ないこと(Constantino, 2018)などがこれまでの研究で示唆されています。そのため、Eichornらは、吃音者が、発話に注意を向けないようにした場合、吃音の程度が軽減するかどうかに関心を持っているわけです。

実験参加者

では、具体的な実験の内容に入っていきます。
まず実験に参加したのは、
吃音者(平均25歳)19名
非吃音者(平均27歳)20名  です。
細かい点ですが、年齢、性別、利き手、非言語性知能などは、2グループ間で統制されています(=違いがあるとは言えない)。全員英語話者です。

課題

「課題(タスク)」というのは、「実験参加者にしてもらう作業」のことです。今回の研究では、3種類あります。

 発話課題:画面に話題(例:リラックスするとき何をしますか?)が3つ呈示されるので、好きなものを選んで、60秒間自由に話します。

② 持続的注意課題:①の発話課題に加えて、画面に呈示される●に注意を向けることが要求されます。具体的には、画面の右か左に次々に●が出てくるので、それが出てきたら、どっちに出てきたかをキーボードで答えます。

 作業記憶課題:①の発話課題に加えて、画面に呈示される数字を足していく課題です。例えば、2、+1、+1、+2が順番に呈示され、その合計を答えます。

②と③をやりながら話すのは難しそうですが、上で説明したOPTIMAL THEORYやその他の研究から、Eichornらは、むしろ②③のほうが、吃音の頻度が低下するのではないか?と予想しています。

結果

実験の結果をまとめると以下のようになります(統計分析はやや複雑なので省きます。専門家のひとは論文をあたってください)

○  吃音者は、非吃音者に比べて非流暢な発話が多くなる。非流暢性を典型的なもの(フィラー(日本語で言うと「えーっと」のようなもの)、訂正、句の繰り返し、多音節語の繰り返し)と非典型的なもの(単一音節語・音節の繰り返し、難発、伸長など)に分けると、特に後者が多い
(ここは、吃音者と非吃音者の比較をしているので、新しい発見ではないです)

二次的な課題(持続的注意・作業記憶)を行っている場合、行っていない場合に比べて、典型的・非典型的な非流暢性が低くなる(7%)。この傾向は、非典型的な非流暢性のほうが強い(8%)。

二次的な課題 vs. 発話のみにおける違いは、吃音者と非吃音者の間で有意に違いがあるとは言えない(両グループとも、二次的課題をすると流暢性が高まる)

どちらの二次的な課題も非流暢性の発話に同じ程度影響がある。

○ 作業記憶課題中は、発話課題や持続的注意課題中よりも、発話が短い、発話数が多い、異なりの語数が多いなどの特徴が見られる。

まとめ

ということで、ニ次的課題によって、発話に注意が向けられない状況になると、非流暢な発話が軽減するという結果が得られたそうです。

Eichornらによると、このような変化がなぜ起こるのかに関する生理学的なところは、まだわかっていないそうです。最後に臨床応用への示唆(clinical implication)として、将来的に、伝統的な介入に組み込むことができるかもしれないということが書かれていますが、そこに行くまでには、「どのような課題が良いのか」「その課題は非流暢性のどの側面に影響を及ぼすのか」「なぜそのような影響があるのか」など様々な観点について、体系的な基礎研究が必要であるように思います。

これで、今回の内容は終わりです。
当たり前ですが、論文に書いてあることは、すべて正しいとは限りません。今回紹介した論文の内容にも誤りがある可能性がありますし、将来提案されている仮説が反証される可能性もあります。

今後も時間を見つけて、ちょこちょこ面白い論文が紹介できたらなと思っています🙌 リクエスト、コメント、ご批判などあれば。それではー。






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