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生命を食べるということ。石井商店さんの鯉

昔は、田舎の農家では鯉を養殖していた。川の水量は豊富で水を池に引けた。娘が幼稚園の頃鯉を買いに行った。2004年のことである。

20年前は農協の駐車場で鯉の販売会を開けるくらいこの地域は鯉が養殖されていた。この動画のあとで流行したコイヘルペスがこの地域の鯉の養殖は少なくなっていった。食べる人もいなくなっていったのだ。

数年前に近くに行ったら、店は閉じられていた。

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スーパーでは冬になると鯉を売っている。1匹3000円くらいだろうか。丸ごと売っている店もあるが、ぶつ切りにしてパックで売られている。内臓が美味しいものだ。県外から仕入れるという。

父の得意料理だった。人が集まると「鯉こく(味噌仕立ててのスープ)」を作るし、甘露煮を煮た。長野の方でも鯉料理は有名だが、川の魚を食べるのはアタリマエのことだったのだ。フナの醤油煮を懐かしがる人もいる。川蟹も時折見かけrたものだ。

苦玉(肝臓)のとり方が難しいが、鯉は鱗も骨もみな食べられる。泥臭いと思われるが、実際は白身の大変美味しい魚である。

社宅の集会場で、毎年忘年会があり、父は大きな鍋いっぱいに鯉こくを作ったものだ。その会社も今はもうない。

社会は気が付かない間に変わり、変わる前のことは老人しか覚えていない。みなが知らないことを話すから老人なのだろう。僕もすでに老人である。厭われ嫌われる。

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生命のつながりというのは面白い。食事は、「食物連鎖=生態系」とワンセットで考えなければ意味が見えてこない。昔は豚を飼うのに人糞を餌にしたと聞く、鯉もそうだったのだろう。餌を買ったのでは割に合わないと思うか、餌などは売っていなかっただろう。そういえば、うちの池の鯉にも、父母は残飯を食べさせていた。

スイカの皮を投げ込んでおくと朝には赤いところがすっかり食べられていたものだ。鯉は何でも食べる。

「鯉のあらい(刺し身)」は流石に作らなかった。石井さんのところでは捌いて貰えた。川魚は寄生虫がいると言うが、鯉はどうだったのだろうか。一度だけ食べたことがある。白身の上品で美味しい魚だった。

マイクロバイオーム論者の僕としては、寄生虫も大事な生命の要素である。

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実家の池でも鯉を飼っているが、流石に食べる気にはならない。鷺は食べに来るが.....


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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。