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「トゥランガリーラ交響曲」と「トリスタン」messian column #2


メシアンが1940年代後半に書いた「トゥランガリーラ交響曲」歌曲集「ハラウィ 愛と死の歌」無伴奏合唱曲「5つのルシャン」の3つの作品は「トリスタン3部作」と呼ばれている。メシアンは「トリスタンとイゾルデ」の伝説とワーグナーの楽劇を『文学と音楽における愛に関する偉大な詩作の象徴』と捉えていた。そこに「宿命的な愛」「死に至る愛」「肉体を超越した愛」といった観念を見出したのだ。「トゥランガリーラ」と「トリスタン」の関連性は、こうした抽象的な感覚だけでなく、音楽モティーフの類似性でも指摘することができる。

第6楽章「愛の眠りの庭」は愛する二人の微睡の音楽だ。ひたすら続く弦楽器とオンドマルトノによるメロディーに、ピアノや木管楽器の鳥の歌が絡んでいく。

第6楽章「愛の眠りの庭」冒頭

調号にシャープが6つ付いていることからもわかるように、この楽章は嬰ヘ長調だ。あまりにゆっくりなテンポで捉え所がないかもしれないが、弦とオンドマルトノのパートをフレーズがわかるように書き換えてみると以下のようになる。

するとこの楽章は A-B-A-coda という形式になっていることがわかる。このテーマは4つある循環主題の3つ目で「愛のテーマ」と呼ばれている。和音の下の数字はMTL2(移調の限られた旋法第2番)の移調番号。

"1"はMTL2-1 (c c# d# e f# g a b)
"2"はMTL2-2(c# d e f g g# a# h)
"3"はMTL2-3 (d es f f# g# a h c)

MTLは調性と容易に結びつく。MTL2の中には4種の長3和音が含まれている。2-1ならば C: Es: Fis: A:である。さらには6度音や、属7を形成するための7度音も含まれているので、調性との相性がとても良い。

嬰ヘ長調の場合、
"1"はトニックの機能(f# a# c# d#を含む)
"2"はドミナントの機能(c# e# g# hを含む)
"3"はサブドミナントの機能(h d# f# g#を含む)
である。

これを踏まえて音楽を聴いてみると、捉えどころがないと思っていたこの楽章の基本構造が、クリアに見えてくるはずだ。ではどうぞ!

さて、展開部に当たるBの部分(リダクション譜の3段目2小節から)のテーマが、第8楽章「愛の展開」の中間部でオーケストラのtuttiで高らかに響き渡る。ここはC-durでトニックがMTL2-1 サブドミナントはMTL2-3となる。木管楽器とピアノはこの旋法音の連鎖である。

練習番号15番から「愛のテーマ」の展開部

演奏動画の2分34秒からが上記の譜面の部分である。

和音機能をみるとサブドミナントからトニック、つまり Ⅳ→Ⅰの進行であることがわかる。これが2回繰り返されているわけだ。

そしてサブドミナントに入る直前の弦楽器は2-2であり、これはドミナントにあたる。結果的に Ⅴ→Ⅳ→Ⅰという進行になるわけだ。

さて、これがどうトリスタンと関連するのか。「愛の死」のクライマックスの場面を思い出して頂こう。

2小節目がクライマックス、Ⅳ→Ⅰの進行が2回続く

クライマックスはH-durのドミナントから繋がったサブドミナントから次の小節のトニックへと進行する。それが2回繰り返される。トゥランガリーラの「愛のテーマ」展開部の進行と一緒であることがお分かりいただけるだろうか?まさにここがトゥランガリーラがトリスタン的であることの音楽的証拠なのだ。下降するメロディーラインも似通っている。トゥランガリーラの8楽章ではこのクライマックスが転調を重ね(C: →D: →H:)3回目のH-durで最高潮を迎える。

さて、第6楽章で永遠の時を奏でる「愛のテーマ」は、第10楽章「ファイナル」では音価が極限まで短縮され超早回しで演奏される。この極端なところがメシアンの面白いところなのだ。次回はこれを取り上げてみよう。☟


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