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タンホイザー開幕前夜

ワーグナー「タンホイザー」には決定版がなく、上演によって版の取捨選択が行われます。新国立劇場上演版については、過去のプログラムには言及されてたと思いますが、ホームページにも詳細な記載がないためどの版を使うのか気にしておられる方もいると思います。今回は使用する版について記しておきたいと思います。

簡単に版の種類を挙げておきましょう。主に2種類知っておいていただければOKです。
・「ドレスデン版」はパリ上演に向けての改訂が行われる前の版です。本稿ではその出版年をとって「1860年版」と呼ぶことにします。
・俗に「パリ版」と呼ばれるものは、パリ上演での失敗を経て改訂を加えたドイツ語によるバージョンです。この名称を使うと混乱を招きますのでこれも出版年をとって「1888年版」と呼びます。

ワーグナーは1875年ウィーンでの生前最後のタンホイザー上演に立ち会いました。この時の版が俗に「ウィーン版」と呼ばれている「1875年版」です。ショットの新全集版はこの版を元に作られています。上記1888年版が出版される前にこの上演のために手を加えた部分があるので若干の差異があります。しかしその差はわずかです。

ということで主な2種類とは「1860年版」「1888年版」です。後者はトリスタンを書き上げたワーグナーが最新の作曲技術を用いて改訂を施したので、1860年版とのスタイルの相違が生まれています。

第1幕
序曲の途中からヴェーヌスベルクの音楽に飛ぶ1888年版を使用します。そのままバレエシーンを経て、タンホイザーとヴェーヌスのシーンはそのまま1888年版です。牧童の歌の途中から1860年版に戻ります。
4場、領主や歌人との再会シーンの途中、間奏音楽を1888年版で最新のスタイルで書き換えた箇所がありますが、これは採用しません。

第2幕
1860年版を使用し、一番最後タンホイザーが"Nach Rom"と叫ぶ前の音楽のみ1888年版になります。ヴァイオリンとヴィオラの引き攣ったような音型が特徴で、一種異様な感じがしますがとても印象に残る音楽です。
ちなみに1888年版だと開幕のオーケストラの音楽の2小節にオーケストレーションの変更があり、歌合戦のヴァルターの歌がカットされタンホイザーの歌が新しいものに変更されています。

1888年版の2幕最後

第3幕
この幕における1860年版と1888年版の差異は終結部、若い巡礼の合唱以降のオーケストレーションのみです。今回は後者を使用します。
実は「1875年版」では1小節だけ合唱の拍子が6/4から3/4に変更された箇所があり(下の楽譜の最後の小節)それが1888年版との違いなのですが、これは採用しません。

エンディング近く「若い巡礼の合唱」の1888年版、オーケストレーションが変更され弦楽器とハープが入っている。最後の小節"aller"が1875年版では3/4に変更されている。

まとめると
1幕 1888年版 牧童の途中から 1860年版
2幕 1860年版 最後だけ 1888年版
3幕 1888年版
ということになります。

1幕を1888年版でやっていると、序曲の途中からヴェーヌスベルクの音楽に突入してしまうので、あの有名な序曲の最後を聞くことができません。私もこの版でばかりやっているので、最近普通の序曲のエンディングにご無沙汰してしまっています。

しかしこの序曲の最後の音楽の高揚感ったらないですよね!カラヤンの演奏のクリップがあったので載っけておきます。トランペットとトロンボーンのユニゾンで巡礼のテーマが演奏される箇所です。

少しいったところでホルンの咆哮が聞こえますよね?これ世界中どこのオケでやっても目立たせて吹くんですが、スコアを見ると3番ホルンの単に和声的な動きにしか見えません。しかしこれを時にホルンパート全員で吹くのです。なぜでしょう?

下の段3番ホルンのパートを高らかに吹き上げるのが世界中のオケのしきたり⁉︎

「みーららーーーそ#ーそーーーー」
これトリスタンの「愛の死」の音型なんです!!当然ドレスデン初演の頃にはトリスタンはなかったわけでこんな発想は出てくるはずもありません。トリスタンを書いたワーグナーに敬意を表する意味で、のちにそうする習慣が生まれたのでしょうな。楽譜通りやっても問題ないところですが、もう咆哮するホルンを聴き慣れてしまった耳には、これがないと欲求不満になってしまいます。

追記:このホルンは指揮者のニキシュが始めたということです。同僚の若い指揮者に教えてもらいました!

重ねて申し上げますが、上記序曲の最後は新国版では演奏されませんので、ホルンの咆哮は聞くことができません。

いよいよ開幕が近づいてきました!ぜひご来場いただき、ワーグナーが生涯その理想を追い求めたという「タンホイザー」という作品を味わっていただければと思います。

1/28 1/31 2/4 2/8 2/11 の5回公演です。


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