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新国タンホイザー始まる!

新国立劇場新年第1作目、ワーグナーのオペラ「タンホイザー」の稽古が始まっています。タンホイザー役にステファン・グールドが5年ぶりに登場、早速稽古場で美声を響かせています。タンホイザーは彼のキャリアの中で数多く歌ってきた役だそうで、その経験からくる歌には余裕すら感じるほどです。実際この役は大変な難役であり、世界でも数人しか歌いこなせる人はいないとまで言われている役です。

開始部分、ヴェーヌスとのシーン、ここには2つのヴァージョンが存在します。よく知られている通り《ドレスデン版》と通称《パリ版》です。「通称」と書いたのは、真のパリ版とは1861年3月13日にパリで上演されたフランス語のヴァージョンであり、現行の版はその後の改訂を経て1888年に出版されたものです。1875年に作曲者が監修できた公演がヴィーンであったため、その上演地をとって《ヴィーン版》と呼んだ方が良いかもしれません。
(カヴァー写真はショット社の1875年のこの上演をもとにしたフルスコアです。)版の問題はもっと複雑なのですが、ともかく!改訂された方の版(最初に出版された年を冠して1888年版と言うことにする)を新国立劇場では使用するのです。その2つの版は新しく作曲された部分はもちろん、両者共通と思える音楽でもリズムなどを微妙に書き換えているのです。グールドさんは両者とも多く歌っており、その違いにも精通しておりますが、間違えてないかチェックしてほしい、と我々スタッフに言います。

例えば以下の譜例、同じだと思われている両者ですが、"was meinem"のリズムが8分音符なのか符点なのか、と言ったような細かな違いがあります。

ドレスデン版
1888年版、通称パリ版

マエストロアレホ・ペレスが持つショット社の新全集版のスコアは不思議な構造をしています。左のページにフランス語によるパリ上演版、右のページにドイツ語によるウィーン版が印刷されており、今回は右ページしか使用しないため、1ページ演奏したらすぐ捲らなくてはいけないのです!我々の持つオイレンブルクの中型スコアはウィーン版のみが印刷されているので便利なのですが、彼は「これは小さすぎるしDover版(Petersのリプリント)は嫌いだし」と言って大きなスコアを使用し、カバンは巨大なスコアでパンパンになっています。

新国立劇場での上演では、このように1幕は序曲からすぐヴェーヌスベルクの音楽に飛ぶ1888年版を使用します。牧童の登場からドレスデン版に戻ります。ワーグナーはその後の狩のシーンの間奏の音楽などを書き換えたりしていますが、これは使用しません。第2幕はドレスデン版を使用し、一番最後の部分のみ1888年版です。"Nach Rom"と全員が歌う箇所の前ですが、引き攣ったような音楽に書き換えられているのが印象的です。そして3幕は1888年版、この幕は最後の部分のオーケストレーションにドレスデン版との違いがあります。(ウィーン版と1888年版には1小節だけ微細な違いがありますが、我々の上演は1888年版です。その詳細は岡田安樹浩氏の文章を参照。)

この第3幕の音楽はその成立史が大変興味深いのです。前奏曲の寸法であったり、ローマ語りの後半の音楽であったり、終結部の試行錯誤であったり、、ドレスデン版成立までにも紆余曲折あり、さらにパリでの上演のためにオーケストレーションを書き換えたり(ハープを4台使用!!)、それはまたの機会に書くことにしましょう。


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