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R・Strauss Salome 「死のモティーフ」

サロメの中でおそらく最も誰も語らないであろう(笑)モティーフについて書いてみる。「サロメ」のドラマの中で命を失うのは3人、自殺するナラボート、首を切られるヨハナーン、殺されるサロメだが、この「死」にまつわるモティーフがある。

一番わかりやすいのは一番最後。ヘロデが「この女を殺せ!」と言ったあとに鳴るファンファーレだ。

ヘロデ「この女を殺せ!」

譜例の2段目頭に鳴る
c  g♭ b  d♭ g♮
という音型のトランペットのファンファーレ、これが「死のモティーフ」。

これを合図に兵士がサロメに殺到する。新国立劇場のエファーディング演出では、あのようなあっと驚く結末になる。

このモティーフ、もう1箇所目立つ箇所で登場する。サロメの願いに根負けしてヘロデがヨハナーンの首を与えるべく
「あれに与えよ、あれが望むものを! まことに、あの母にしてあの娘よ!」と歌ったあとである。

300番2小節目でトランペットによる「死のモティーフ」が聞かれる。この場面、何が行われているかト書きを抜き出してみよう。
《ヘロディアスは領主ヘロデの指から死の指輪を抜き取り、第一の兵士に渡す。第一の兵士は指輪をただちに処刑人に届ける。》
ヘロデはぐったりしたまま指輪を抜かれたことにしばらく気づかない。

301番6小節目で再び「死のモティーフ」、これに続きヘロデの歌、
「誰がわしの指輪をとったのだ?」
全音音階(a♭ b c d)はヘロデの象徴だが、これが歌唱パート、そしてティンパニに聞こえるのが何とも言えず不気味だ。
ト書きには《処刑人は貯水槽に降りていく。》とある。
続いてヘロデの「わしは指輪を右手に着けておった。」の背景に「死のモティーフ」が聞こえるのがわかるだろう(302番3小節目)。

そしてヨハナーンは首を刎ねられることとなる。。

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以上二箇所「死のモティーフ」が明確に聞こえる箇所を紹介したが、それ以前にさらに2つの箇所でこのモティーフは聞こえてくる。

ヨハナーンが地下牢に再び戻り、ユダヤ人ナザレ人の歌が終わったあと、

「おお、この淫らな女、バビロンの娘について、主が語られる、神が!」

と、サロメの行く末について神の予言として語る箇所がある。(214番)

ヨハナーン「大勢の男たちが あの女に向けて集まるだろう、 そして男たちは石を取り、 女を石打ちに処するであろう!」

と、『サロメの処刑』を予告する。石打ちを表すティンパニが生々しい。

ヘロディアスの「ほんとうにあの者は汚らわしい!」という罵声にも全く動じることなくヨハナーンは続けて語る。

ヨハナーン「軍勢の隊長たちが、あの女を刀で串刺しにするだろう、 あの女を盾で押しつぶすだろう!」

ここに「死のモティーフ」が2度聞かれる。216番4小節目(a e♭ g b e)と217番(b f♭ a♭ c♭ f)のバス声部だ。まさに!サロメの死の描写の箇所にこのモティーフが聞かれるわけだ。(注:ヴォーカルスコア216番4小節3拍目のe♭はミスプリントで、実際はe♮である)

「サロメ」の音楽には非常に明快な部分とともに、不協和音を伴った緊迫感に満ちた音楽もある。ここはまさに後者の方。普通に聞いていると和声の行方もわからないし、何となく捉え所がないというのが正直なところであろう。しかし『サロメの死の予告』という内容が内容だけに、あえてこういう書法をシュトラウスはここで採用したのだ。

「死のモティーフ」は低音だけでなく、ヨハナーンの歌唱声部にも入っている。"mit ihren Schwerten durchbohren"(刀で串刺し)では「死のモティーフ」の音(a e♭ g b e)が含まれているのがお分かりだろうか?オケの低音に続きカノンのようになっているということだ。(この歌唱声部、バッハに見られるような「十字架音型」のように私には見えてしまうのだが。。)

さて最後に紹介する箇所は4場の最初の方、ヘロデが自害したナラボートの流した血に滑る箇所がある。
「この死人は誰だ?わしは見たくない。」
と言うヘロデに対して第1の兵士が
「隊長殿であります、殿様。」
と答える。
するとヘロデは顔を真っ赤にして
「そんな命令は出さなかったぞ、あれを殺せとは。」
と捲し立てる。(162番から)

ヘロデ「ここにいるこの死人は誰だ? この死人は誰だ? こんなものを見たくないぞ。」
第一の兵士 「隊長殿であります、殿様。 」
ヘロデ「そんな命令は出さなかったぞ、あれを殺せとは。」
第一の兵士「自らお命を絶たれたのであります、殿様。」
ヘロデ「それは奇妙だ。 あのシリアの若造、あれは美男だった。」

この箇所のヘロデ歌唱声部が(c g♭ b d♭ g)となっており、オーケストラも同様の音型を2度繰り返す(162番2小節2,3拍目と3小節2,3拍目)。実はここが「死のモティーフ」の初出箇所である。162番から出るオーケストラは「不吉の動機」なので「不吉+死」という悍ましい連鎖となっている。

「自害した」という第1の兵士に対し「奇妙だ、あのシリアの若造、美男だった!」と語るが、この箇所に現れる「モットー」主題については男色と絡めて前の記事で紹介した。

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以上「死のモティーフ」の関連箇所をみてきたが、その内容は

・サロメの殺害
・ヘロデ「死の指輪」の抜き取りと処刑人が地下牢へ(ヨハナーンの死へ)
・ヨハナーンによる「サロメの死の予告」
・ヘロデ「あれを殺せとは命令しなかった」とナラボートの死に言及

とまとめられる。

「死のモティーフ」の音構成に注目すると、C: の間にGes: が挟まっている形をしている。これは冒頭モットー動機のアウフタクトがCis: とG: の合体であることと相似形をなしている。開幕から結尾まで有機的な音楽動機で統一感を持たせるという、シュトラウスの驚異的な手法に私は感服せざるをえないのである。

注意深い聞き手でないと意識できないような箇所ではあるが、リヒャルト・シュトラウスの書法が微細な点にまで神経が行き届いていることを示す一例としてこのモティーフを取り上げてみた。公演での注目ポイントに加えていただければ幸いである。

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