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ラヴェル『子供と魔法』②コントラバスファン結集せよ!

『子供と魔法』の魅力を語るシリーズ2回目は、コントラバスに大注目です。

開幕はオーボエ2本のみが、5度と4度の間隔でゆったりとした8分音符の音型を演奏して始まります。中国風テイストですね。少し経つと異質な高い音が混入してきます。それを演奏しているのは、なんと!コントラバスなのです!

『子供と魔法』開幕、練習番号1番からコントラバスソロ!ト音記号でこの実音が鳴る

音符の上に⚪︎がついていますよね。これはハーモニクスを表します。弦楽器のハーモニクスは、弦の一点に軽く触れて弾くことで、倍音のみを響かせる奏法です。弦長の整数分の一(1/2 1/3 1/4… )の位置に触れて演奏します。
弦長の1/2 つまり弦の真ん中を押さえると基音の第2倍音
弦長の1/3を押さえると基音の第3倍音
弦長の1/4を押さえると基音の第4倍音
弦長の1/5を押さえると基音の第5倍音
弦長の1/6を押さえると基音の第6倍音
が鳴ります。

コントラバスのハーモニクスについてよく分かる記事をシェアさせて頂きます。

通常は第6倍音までがオーケストラで使われる限界だと思いますが、ラヴェルはその上の倍音を使用します。以下の譜例はG線の第4~10倍音ですが、

G線の第4〜10倍音の音(実音)

練習番号1番からの音を見ると第5〜10倍音を使用していることがわかるでしょう。特に第7倍音を超えると、押さえる場所が指板の端を超えて駒に近づいていき、演奏が大変難しくなります。(上記記事kanzakiさんは「曲芸のよう」と書かれています。)

最初の音"F"はその第7倍音にあたります。私の過去記事↓をご覧いただくとわかりますが、これは音階の"F"音より若干低くなります。e-moll のフレーズを演奏する2本のオーボエの中に、調子っぱずれのコントラバスの"F"が乱入してくる感じになるのです。

コントラバスのハーモニクスによって、不思議な響きの印象がこの前奏曲中に生まれるわけです。管弦楽法を熟知したラヴェルでなければ書けなかった使用法だと思います。

では聴いてみましょう!

46秒あたりで聞こえてくるコントラバスの"F"音が低めに感じられるのがわかると思います。いや、わからなくてもいいんです。何か異質な音が入ってきたなあと思っていただければ、それがラヴェルが感じ取って欲しかったことなのですから。

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作品中盤、算数の問題を出して去っていったおじさんの直後、コントラバスによるソロが聞かれます。こういった幅広い音域を一人で弾かせるっていうのもなかなかないですよねえ。いったい何を表現しているのでしょうか?ト書きをみてみましょう。
「子供は苦しそうに座り直す。月が昇ってきて部屋を照らす。オスネコがゆっくりと椅子の下から出てくる。背伸びをし欠伸をして身づくろいをする」と書かれています。グリッサンドが多用されていますが、これは次の「猫の2重唱」への伏線です。猫は始終ポルタメントを使用して歌うのです。

算数おじさんが去った直後のコントラバスソロ

1小節目、3小節目の⚪︎はハーモニクスですね。そして5小節目の音は "C" ではありません。音符がひし形になっています。上記のハーモニクスの記事をよく読んでいただくとわかりますが、G線の完全4度上のcは第4倍音のハーモニクスを表しますので、鳴るのはト音記号下から2線目の"G"です。上記掲載の倍音列表で確認してみてください。

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最後は「火」の登場直前のコントラバス。以下の楽譜は前記事「ピアノ・リュテアル」でも紹介しました。ここではコントラバスに注目してみましょう。ト音記号で"E A"が書いてあり、"Hauteur réelle"とあります。これは「1オクターブ下ではなく、実音が鳴りますよ」ということです。

その前のチェレスタソロを受けて、4度音程を引き継ぐ役目をしています。コントラバスのハーモニクスは柔らかい響きで、チェレスタの余韻をうけもつのに適していると思います。しかしながら、これはラヴェルだからこそ!のオーケストレーションです。


『子供と魔法』はラヴェルの華麗なオーケストレーションの技が炸裂した作品ですが、特にコントラバスにはこのような興味深い楽譜が与えられています。ぜひ!劇場にその効果を確かめに来てください。コントラバスを弾く方、コントラバスが好き、という方は、必聴必見です!

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