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戦いを終わらせる時代

歴史を振り返ってみると、これまでに何度も地球規模でゼロリセットがかかり、その度に、社会の方法論が大きく転換していることが分かる。

方法論の転換が起こるには、それなりの意味があるのだろう。その意味を探ることで、コロナウィルス感染拡大によって起こっている地球規模のゼロリセットの後に来る社会の方法論の展開を見通したい。

市民革命から始まったサイクル

フランス革命から始まった市民革命のムーブメントは、王や皇帝、貴族たちが独占していた所有権を市民が奪いとった出来事だった。一人ひとりの市民が私有財産権を持つことを大義名分にした革命後の社会では、不満が生じないやり方で市民へ富が分配される必要性が生まれた。そこで生まれてきたのが、「民主主義」と「貨幣経済」だった。封建社会では、市民は、王国に服従する代わりに、貴族や傭兵からなる軍隊によって他国から守られていたが、主権を持つようになった市民は、自分たちが兵隊になって国を守る国民軍を結成した。このようにして国民国家が生まれた。封建国家から国民国家への方法論の転換は、オセロをひっくり返すように社会の方法論を転換し、新たな方法論がゼロからスタートした。

封建国家の中では、「私有財産」というものを持たずに生きてきた人々が、「私有財産」を持てるようになったのだから、「所有欲求」が強く刺激されたはずだ。「貨幣経済」という新しいゲームを通して私有財産を拡大することに夢中になったに違いない。その結果として、私有財産が一部の勝ち組である資本家に集中することになると、人々の不満は高まり、今度は資本家から所有権を奪い取るための革命を試みる機運が高まるだろう。国家が所有権を一括管理して人々に平等に分配する共産主義という思想が生まれたのも必然的な流れだったのだろう。

封建国家で生きていた人にとって、社会の方法論の転換によってもたらされる未来は想像できないものであっただろう。未来が見えなくなったときに、人々は立ち止り、内面に深く潜って、生きるための新しい物語を創り出すのだと思う。新しい社会に向けて、根本に立ち戻って考えた人たちがたくさんいたはずだ。

しかし、結果として、市民革命によって平和はもたらされなかった。ヨーロッパの人々の意識は、解放された「所有欲求」の発露へと向かったのだ。封建制の権力者に「所有」されていた人々が、個人としての「所有の自由」を得たとき、その所有欲求のエネルギーは、最初は国内の所有権争いへと向かい、その結果として生まれた不平等への不満をエネルギー源とした共産主義革命や、領土拡大によってパイを増やして不満を減らすという形で逸らす動きとして現実化していった。

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市民革命によって生まれたヨーロッパの国民国家は、産業革命によって高まった工業力を背景とし、アジアやアフリカ、北米や南米を植民地化し、所有欲求を満たしていった。封建領主に所有されていた市民が得た自由や平等、私有財産権という思想は、国内の市民だけに適応され、国外の人々は所有の対象になったのだ。日本は明治維新を起こし、大日本帝国となって、ヨーロッパの列強と同様の戦略をとった。

地球上の領土を奪い合う戦いは2度の世界大戦へと繋がり、ついには核兵器が開発、使用されて終結した。全面的な核戦争は、人類の破滅を意味するため、核保有国のにらみ合いのバランスの中で物理的な戦争は抑制されることになった。市民革命から始まったサイクルは、世界大戦によって終結し、新たなサイクルが始まることとなった。

世界大戦後から始まったサイクル

2度の世界大戦と核兵器の使用は、世界中の人々に衝撃を与えたはずだ。所有欲求を満たすために領土拡大をしていくという方法論は、地球全体を領土化したところで行き詰り、その後、揺り戻しが起こって各植民地で独立運動が次々に起こった。

人類社会がどのように平和を維持できるのか?

一人ひとりがどのようにして幸せになれるのか?

という本質的な問いに、この時期、多くの人が向かい合ったはずだ。そこには、身内や友人、または、自分自身が戦争に関わった体験から来る切実さがあったのだと思う。

そうした願いを打ち壊すような形で1965年に始まったベトナム戦争がきっかけとなり、戦後に生まれた世代が世界中で同時多発的に反対運動を起こし、ヒッピーやロックなどのカウンターカルチャーが世界中で活性化した。ここには、個人の所有欲求を拡大していく意識とは異なるレベルの意識が生まれていたはずだ。1970年代に『ロッキング・オン』を創刊した橘川幸夫さんは、同時代の意識との共振共鳴を実感していたという。そのとき、新しい方法論で社会が形成される可能性(参加型社会の可能性)が見えたに違いない。

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しかし、一方で、家制度から解放されて自由になった人々に「社会的欲求」が芽生え、大企業のピラミッドの上を目指して競争するようになった。競争が激化するにつれて、戦後に生まれた自由や平和に対する本質的な問題意識は薄れ、思考停止してレールの上を走り続けるようになってきた。

魂の植民地化プロセス

社会的ポジションと報酬とが比例するようになると、高い社会的ポジションを得ることで、「社会的欲求」と「所有欲求」の両方を満たせるという構造ができ、人々は、その構造の中でピラミッドの頂点に誘引されて我を失っていったのではないだろうか。

急激な円高によって生じたバブル経済によってモノづくり現場は海外移転し、その後のバブル崩壊によって高度経済成長を終えた日本は、世界の情報化と金融化の波に飲み込まれて「失われた30年」を過ごすことになった。多くの大企業は株主資本主義によって株主(多くは外資系)の「所有物」になり、多くの中小企業は大企業の下請けになって自律性を失っていった。「所有欲求」と「社会的欲求」に駆動されたグローバル経済戦争の結果、勝ち組の1%が、全世界の富の50%以上を占有する状況となり、富の分配の不平等による貧困と不満が広がった。物理的な世界大戦後から始まったサイクルは、経済的な世界大戦を引き起こして行き詰ったのだ。

グローバル経済戦争後から始まるサイクル

行き詰った状況の中で、コロナパンデミックが起こり、世界中の人々が自宅に籠って動きを止めた。期せずして、自分たちが、何をしているのかを振り返って考える時間を得たのだ。自分と他者を切り離して、自分の利益を拡大していく競争社会の方法論の行きつく先の虚しさを実感した人たちが、新たな動きを始めている。その動きが時代意識によって共振共鳴すれば、同時多発的なムーブメントへと繋がっていくだろう。

今の時代状況の中で生まれる新しい動きを駆動する欲求は何だろうか?

その欲求が、1970年代に起こった世界的ムーブメントを駆動したものと同種のものなら、第二波として位置付けられるものになるかもしれない。

自宅に籠っていた1年間で、個人の充実だけを目指す「戦いの方法論」の虚しさに気づいた人は多かっただろう。Zoomで繋がって温かみのある会話をすることでほっとして、友達の存在に救われた人は多かっただろう。

一人ひとりが自分なりに個人を充実させること、相互の関係性を充実させることとの両者を目指す「参加型社会」の実現への欲求が高まってきているのではないか。これからの数十年を「戦いを終わらせる時代」にしていきませんか?

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1970年代からの第一波を第二波に生かしていく

これから起こる世界的ムーブメントの中で、何を考え、どう生きていくのかを考えるためのヒントとして、第一波であった1970年代からの動きについて学んでいこうと思う。

学生運動、ロック、参加型メディア、と、第一波をど真ん中で体験して、時代と共に思考を練り上げてきた橘川幸夫さんの書籍を時代順に読みながら、それを通して第一波のなかで生まれた気づきと想いを継承し、第二波に生かしたい。

「戦いを終わらせる時代」に向けて、自分なりに考え、自分なりに行動していきたいという人が参加してくれると嬉しいです。

1月5日から、毎週水曜日の20時半ー22時で実施します。

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