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人的資本経営に監査役等はどう関わるか

この3月、所属する監査役協会の実務部会にK社の常務執行役員A氏を講師として招聘し、人的資本経営に関して講演、その後部会メンバーとのディスカッション、懇親会という流れを幹事として企画した。なかなか好評だったのは、A氏の話上手ということに加えて、部会メンバーの意識の高さも背景にあるのだろうと思う。A氏は人的資本経営界隈では著名人。

一方で、人的資本経営というバズワード(と敢えて表現するが)に対して、監査役がどういった立場で、どのように関わっていくかという点は、本質的な監査役の役割の定義との関係で、すっきり説明ができるとも言い難いのが悩ましいところ。執行と監査の関係という、各社各様の事情もあるなか、汎用的な考え方ができないか、整理を試みてみたい。

なお、監査等委員、監査委員も含めて本稿では便宜的に「監査役」と表現することを予めお断りしておく。

1.四つの論点

まず、前提或いはスタートラインとして、監査役は企業価値向上に貢献できるかという点がある。ここはコーポレートガバナンスの担い手という観点で、監査役がそこに含まれるというのは監査役協会が標榜していることからして、貢献できる、という認識を持ちたい。

次に、監査役の本分である監査領域に、人的資本関連項目は間違いなく対象とし含まれる。非財務情報の開示に関する監査(J-SOXの改訂とも関連)、人権、そして人財(役職員)評価方法、人的投資の評価方法や方針のチェックなど。これらは、監査等が足下の課題としてそれぞれの組織の規模や質面を反映した対応が求められる。
 
三つ目の論点は、本分或いは通常業務である監査とは別の論点、前回の全国会議で神田名誉教授が話されていた、分担と連携(取締役会との)。要するに監査役がどう経営と関わるかという点が、まさに企業価値向上への関与、人的資本経営への関わりということに繋がる。証券市場や社会課題の変化に合わせて監査役の立ち位置も明確に変化していると神田名誉教授は説く。モニタリング型ボードの場合は、社外或いは業務非執行取締役が人的資本経営の観点からどのようにモニタリングしているかを監査役等はチェックするし、マネジメント型ボードの場合には、監査役はモニタリング型における「社外或いは業務非執行取締役」の役割を担うと考えられる。

更に四つ目として、前述の部会でも、またBDTI(公益社団法人・会社役員育成機構)の指名委員会に関するラウンドテーブルでも議論になった、「役員指名の在り方に関連して監査役等はどう関わるか」という点。K社では或いはA氏が経験した各社では、監査役は役員指名に関して相応の影響力を有しているとのことだが、それは必ずしも一般的な傾向とは言えない。協会の数年前のデータでは、指名委員会への参画は、常勤7%、非常勤27%となっており、やはり社外取締役が中心。で、今は、その社外取締役は、本当に正しい人選なのかということが問われ始めている。であれば、指名委員会のメンバーは適任なのかということを(委員自身が)考えなければならないし、役員指名の結果責任をどう追うかという点は、究極的には執行監視の文脈における監査役(会)の責任とも言える。その意味も含め、A氏は監査役は「最後の砦」と表現している(「最後の砦」は、個別事象における不正防止の観点もあるが、不正が見逃される可能性がある取締役会の構成に対して意見をするという意味でもある)。

2.監査役を取り巻く現実と限界

一方で、確かに、指名委員会とて忖度の結果お手盛り人事を取締役会に答申せざるを得ないような関係性の場合に、取締役会決議に反対する議決権はないまでも、独任制の監査役は意見はできるかもしれない(聞く耳を持ってもらえるかは別として)。それでも、第一カッター事案において第三者委員会が社外取締役の適格性に疑念を抱かざるを得ないと結論づけたように、お手盛り人事の場合にディフェンスの機能不全は起こり得る。第一カッターにおけるI監査役(当時)のように法廷に立てる「勇気を具備した」人材は限られている。この件に関し元監査役協会の岡田氏の「監査役の矜持」という著作で監査役を誰が選ぶかということが書かれている。ガバナンスに関わる人は必読に値するこの著作には、監査役に求められるスキルとして「勇気」という言葉も書かれていた。

比較的業歴の長い企業によくある傾向として、「監査役は上がりポジション」であって、監査役が元上司の代表取締役にモノを申すなんて無理、という声もある。そんななかで役員人事に意見するなんて、もってのほか。それは社内プロパーとして、一定の出世のあと「ご苦労様、あとは監査役で4年間、のんびり過ごしてください」といった昭和のパターンに顕著かもしれないが、社外から登用された監査役であったとしても、「まあまあ、そこは穏便に」といった感じで肩を叩かれるのが関の山・・・・

3.「できている企業」では・・・

A氏がいう「監査役は最後の砦」というのは、言うは易く行うは難し。常勤が非常勤に支援を依頼しても、その非常勤がトップの人脈で任命された人であれば「君の言うこともわかるが・・」で終わってしまう。砦の役割を果たす気概があっても、その砦は簡単に落とされてしまうのが現実。勇気をもとに発言しても、多くの場合はなかなか表の議論は深まらず、結果として「蛮勇だったね」となることも。「小遣い稼ぎの社外取締役」という批判は、社外(非常勤)監査役にも向けて欲しい。

A氏は、K社以外にも前職においてでも役員指名における厳しさを経験している。その事例を聞くにつけ、成長したい企業の経営者は傾聴した方がいいと思うし、投資家は取締役・監査役のスキルマトリクスという外形要因のチェックに留まらず「具体的にどういった貢献をしたのか」という評価に関心を持つことが求められるように感じている。

人的資本経営は、従業員に投資する(例:リスキリングの機会を与える)、DE&Iを推進するということだけではない。その従業員のなかから将来の経営を担いうる人材を登用するプロセスも、「経営」の一環と考えたいところ。その点、指名委員会の議論に参画する、或いはその答申(任意の委員会)・決議(法定の委員会)に意見する、ということだけでなく、社歴の浅い社員から幹部候補生まで、人財育成のプロセスに関して、関心を持つ事が求められるというのが、「人的資本経営」との監査役等の関わり方ではないかと考えている。

4.スキルマトリクスは役員指名の結果ではない

スキルマトリクスの開示に関して、最近こんな議論があった。在籍している役員のスキマトを作成する会社が多いが、開示対象だから作成する、という考え方だとしたら、それは違う。会社の成長に必要な人材要件があって、その要件をスキルで表現したものが先になければならない。しかしながら、そのような選び方をしているのはまだ多くない、というのが業界での常識のようだ。レゾナックの例がよく話されているが、事業ポートフォリオに関する知見をスキマトに入れたのは、昭和電工・日立化成の統合後にその見直しが必要だったから、という説明(高橋社長・今井CHRO)。全く首肯できる考え方だと思う。かといって、役員のスキマト作成は事後的、という会社が依然として大多数と思われる中、投資家はその点を突いて欲しいなとも思う。

BDTIの役員ロールプレイ研修で気づかされた役員の責任。その責任の意味を知らずして取締役会に参加している向きが多く存在する。その役員の選任も人的資本経営の一環であるとすれば、取締役会の実効性を監査することを、より明示的に監査役等の役割と定義することも一案であるように思う。そして、投資家は社外取締役(だけ)ではなく、心ある監査役とのエンゲージメントも導入し、監査役から見た取締役会の現実を把握することを検討していただきたいなとも。そう、監査役は株主の負託を受けているのだから。

コーポレートガバナンスを専門とするある教授の言葉。「お友達社外で固めつつ、スキルマトリックスを開示してお化粧する」「株式報酬を入れつつもそれをお手盛り化させる」といったようにガバナンス改革に取り組んでいるように見せかけて実際にはやっていない企業において、ガバナンスの実効性をちゃんと「監査」していますか。監査役は、CGのお目付け役なんですよ、と。

5.職業としての監査役

キャリアとして結果的に上がりポジション的に監査役に就任した人であっても、企業価値向上に資する監査活動を期待されている以上、求められる職責は「無難な監査」ではなく「価値に繋がる監査」であろうと思う。それが何か、人的資本経営への関与という観点は一つのヒントかもしれない。企業を構成する役職員の人的価値が向上すればそれは企業価値の向上に繋がる。監査役もその例外でなく、理屈で言えば、企業価値の向上に寄与する監査役がいる会社が投資家から評価される、ということもあるかもしれない(現実はなかなか厳しいが)。資本市場が期待する監査を通じて積極的に経営に関与する「プロ」監査役が、人財市場においても評価される、そうであれば監査役にもモチベーションは発生するのだが、まだまだ監査役の選任には無難さを求めているのが実態のようだ。

そんなことを今、考えている。

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