見出し画像

演劇を守ろう-野田意見書について


様々な考え方がある。様々な事情がある。私は、断腸の想いで中止とした判断も、できうる限りの対策を講じて上演に踏み切る判断も、いずれも尊重したい。

「身勝手な芸術家たち」との文脈で心ない言葉をら用いて批判する向きは、劇場に来る人たちではない。そんな人を論破したところで彼らが劇場に来ることはない。スルーすればいい。多数の演劇人と懇意にしているから公演中止が何を意味するかはよく理解できる。今こそ、心に滋養を与えてくれる演劇を守ることが大事だと思う。演劇を死なせてはいけない。そして死なない。

野田氏も、連帯の意思を表示した演劇人たちは、国に忖度するなと言っているようにも聞こえ、意見書は劇場(或はそのステイクホルダー)が主催公演以外の上演中止のプレッシャーに対する牽制効果があるように思う。空気に流されるな、だ。

例えば明日から芸劇で上演予定のPカンパニーは、現段階で中止はしないものの「都民芸術フェスティバル参加作品であり、東京芸術劇場公演だから、東京都、並びに公益財団法人東京都歴史文化財団により公演の開催が中止或いは制限を受けた場合はその決定に従う」と表明している。現時点でもまだやるやらないの綱引きをしているのかもしれないが、明日の初日を前に「やります」と明確に表明している。

一方で、大阪のライブハウスで感染者が出たことから更に萎縮は進む可能性もある。劇場で公演を打つカンパニーが実施する予防措置は、応援する「顧客化した観客」に対する一定の安心感はもたらすにせよ、潜伏期間中の保菌者が客席に来る可能性を排除するのは事実上無理と言っていい。感染者の行動を追った結果、どこそこで観劇していましたと報道されたら、アウト。演劇が死ぬというよりは、そのカンパニーの制作担当者が責任を問われる。そして付和雷同する人たちは上演を強行するカンパニーを強烈に批判する、おそらく。

先日の千歳船橋APOCシアターでは制作側の努力は十分に確認できたが、一方でエチケットに反する高齢の観客も確かに存在した。そういう人に都度注意ができるか。本来するべきなんだろうけど。リスクを完全に除く事はできないが、制作側が可能な限りの対策を打つ事はできる。それでも無頓着な観客の存在がその対策・努力を一瞬で無にしてしまう事もある。

演劇を愛するならば、自衛をしながらエチケットを守る事を心掛けよう。マスクなしに咳をするなら袖で覆うのがエチケット。それに万全の体調でないなら予約をキャンセルするのが正しい。

2/25に観た「炎の人」は二日を残して中止となった。ただ26〜28の三作品は観る事ができた。明日のPカンパニー「京都河原町…」、明後日のこまつ座「きらめく星座」は初日を迎えられそうな状況だ。来週の鵺的「バロック」T-works 「愛する母、マリの肖像」も今のところ上演予定。奇跡よ、続け。

それぞれのカンパニーの関係者の心情を察すると心が痛む。サポートしたいカンパニーや関係者に、どうやってエールを送るかは人それぞれ。だからこそ、今のところ体調に不安のない私は劇場に足を運ぶ。このエクストリームな状況で上演された作品と、関係者の努力に対して惜しみない拍手を送る。

状況は更に悪化するかもしれない。それでも事態がいつか好転したときに、私たちに感動を与えてくれた演劇人の復活を、きっとファンは何らかの形で支えるだろう。彼ら彼女らが「身勝手な芸術家」ではないことを私たちは知っている。私たちも「身勝手な観客」であってはならない。

#演劇の死  

#演劇を殺すな  

#演劇を守ろう  

#演劇は死なない




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?