令和5年自選歌集 できました。

恒例の年末自選歌集を作成しました。

令和五年 自選歌集    

(春)
淡雪を秀先にのせる美山杉渓(たに)のなだりに無音の満ちる(角川短歌5月号)
ひらひらとひかりをかへす葉群れには山茶花笑ふ一休の寺
薄紅の衣を纏ふ蕊のふさ陽射しにむかふ甘南備の径(京都短歌2/2)
能楽の発祥の地とふ薪社に詣でる人とちらほら出会ふ
百円の柚を土産に帰り来てミサイル繁き映像を見ゆ

(夏)
ぬばたまの遮光シートに包まれしお茶の新芽の摘まれるを待つ(京都文芸6/5)
梅雨明けを待ってたように蝉の声朝の青田に吸い込まれゆく(京都短歌8/10)
あふちの木うすむらさきの花群れは木津川堤に舞姫のごと
剃り上げし坊主頭に長髪(ながかみ)の少女もならぶ夏得度式(京都短歌9/7)
夏雲と競うがごとく咲き盛る芙蓉の花のたっぷりのしろ

(秋)
満月のおもてにうすく紅のさす朝焼けそらに一日(ひとひ)はじまる
駅前に返り見るひと疎らにてひとり花やぐサルスベリ花
めずらしく慕ひ来るかや紋黄蝶、誰が化身かけふ震災忌
秋晴れの京都縦貫切り通し招くがごとく曼殊沙華揺る
刻刻とあかねの色の濃くなりて稜線を縫ふ鉄塔の影

(加太の街散歩2/23)
いにしへの道しるべよむ男らの左あわしま右 わからんな(京都短歌3/16)
早春のそぞろ歩きに薄日射し堤川には鯔(ぼら)のゆらめき
白鼠(しろねず)の霞を透かし友ヶ島地ノ島ならぶ加太の大波止
地魚の刺し身にしらす丼のランチは美味し「めで鯛食堂」
バルチック艦に備へし砲台の放たぬままに台座を遺す

(山城めぐり苗木城跡3/31)
予定表記せば行きたし山城に思ひは花の苗木城跡
城山の新芽も花も裸木もそれぞれの季(とき)をコラージュにして
苗木とふかわゆい名前山城へ恵那軽便の廃線道を
大岩を土台となせる天守台木曾川の向こう恵那山のぞむ
ジグザグの四十八曲がりのぼりきつ桜颪の花にまみれぬ

(自転車の歌5/8)
自転車の前と後ろに子をのせてひとりは眠り交差点すぐ

TOJ(テイーオージェイ)レース車列に風立ちて綿毛を飛ばす木津川堤
前かごによもぎ一束摘み終へし菖蒲とともに薬湯(やくゆ)となすや
陸橋をくぐれば不意に顕ちあがる板金工なりし父の面影
やましろの大宇宙ゆく自転車の列つらなりて夕かげに消ゆ

(墓 参8/6)
石垣島、大海原に散骨を思ひつつ過ぐ十三回忌
連翹の満開となる春彼岸電車乗り継ぎ墓参に向かふ
さみどりのうぶげを纏ひキャンドルのごとくに浮かぶ木蓮の花
ローソクの燃え尽きるまで朱い字の我が名を眺む また会えるかな
幾千の墓石見下ろし旅客機は悠々とゆく翼まばゆし

(福岡全国大会9/10)
たちまちに志賀の島影廻りこむプサンフェリーの白き船体
志賀の島かなたに眺む万葉の歌碑を閲しつ歌会を終へる
空と海分かつ中道夕暮れてビルや倉庫の灯りのともる
「並ひとつ」死語になりたる吉野家で自分の並みをポチッとしてる

(若狭小浜小旅行10/2)
海を見に来たわけじゃない風吹いて三角帽子の小島を見つむ
三方湖に風吹きわたる秋天をトビのつがひは同心に飛ぶ
水月湖かさねし湖底の「年縞」は七万年の跡を遺せり
年縞はアースカラーに織り上げし縞柄木綿の懐かしさあり
案内の「ここで人類滅びし」と三センチほどの白き縞指す

うなぎ屋の紫式部撓(をを)るほど白式部こそ鮮やかに見ゆ
小浜には山川登美子の生家あり辞世となりし「父君に」の歌
八幡社鳥居の脇の「米太」にて辛味蕎麦食ふ大いにからし
原発は山の向こうに隠されて夕陽がまぶし丹後街道

(當麻寺吟行会10/22)
二(ふた)上(かみ)の山のふもとの當麻寺(たいまじ)へ色づく樹木に秋天の蒼
いにしへの當麻蹶速(たいまけはや)は神前で相撲をはじむと伝へられたり
「けはや館」すもうの始祖の名を冠す外つ国の人らと甚句聴き居り
越屋根の厨子(つし)二階屋にむしこ窓大和古民家ならぶ道ゆく
料理屋に松と鶴との鏝絵見へ参詣道の賑わい偲ぶ
「玉や」には角煮釜めし名物にうまし匂いの漂ひて来つ
ゆるやかに真西に上り當麻寺へ息はずませて仁王門に来
ほのくらき堂宇のうちに蓮糸の當麻曼荼羅浄土を写す(京都短歌11/16)
邪鬼を踏む足のサイズは十六文四天王像は弥勒を護る
講堂のきふな階(きざはし)手すりなくこはごは下りる日差しは温し
西塔のすさりて見あぐ水煙は魚(いお)の骨形天女は舞はづ
身代はりの娘らを弔ひ剃髪す中将姫の覚悟哀しき
二上の山に産する凝灰岩を松香(しょうこ)石(いし)とはゆかし名前ぞ
琺瑯の「中将湯」の看板を思ひおこせり當麻寺に来て

(妙見山11/20)

音に聞く鼓ケ滝にたんぽぽのデザインされてマンホール蓋
妙見の本堂までの二十二丁、あと六丁のそらの明るさ
八頭の神馬のおらぶ境内にハイカーたちのぞめきはやまず
日照り雨見あぐる空に紅葉葉の北辰のごと須臾(しゅゆ)に煌めく
葉焼けしてちぢみ葉落ちて紅葉の葉群を透かし青い空見ゆ

(家族)
炊き込みを色ごはんとふ言いぶりに嫁ぎし長女の時間を思ふ(角川短歌7月号)
「自活さへしてくれれば」と息の未来、語る長女の話し聞きをり
週二日妻の入浴介助する娘に甘ゆるか、声のきこゆる
会うときはいつも無口なあの子にも笑ってしゃべる友のゐるらし
北海道クリームシチューを温めゐるきみの生まれし十勝は遥か(短歌研究4月号)
送迎の車おりればトネリコの香りふりくるディケア香琳
触るること遠くなりたるきみの髪切り揃えたる夏の終はりに(角川短歌12月号)
ケアマネも「おかあさん」と呼ぶカエコさん名まへ呼ぶ人われにほかなく
老いてのち愛しく思ふことの増ゆ素直にきみとコスモスを見ゆ
焼プリンひとつ食べをり一匙を危うき君の右手が震ふ
尻もちをつけば呼びくる「立てないねん」午前四時まだぬばたまの闇
柄になく素直にごめんと云ふ君の冬の日差しに洗い物干す
施設より母の写真の送りくる敬老に贈りしショール着け

(日常)
エコバック下げて買ひ出し慣れてきて一日おきに米二合炊く
つれづれにサンふじを剥くくるくると途切れぬままの望月の夜

駅前にテッシュを配る人ありてじんわり還る日常なるか(京都文芸7/31)
たびたびに指紋認証拒否されて存在きゆるかはたれのとき
週二回老い人ふたりの生ごみは三十リットル三キロばかり
手に取りてゆきつもどりつカゴのうえ三百円のトマトのひと

(心象)
今もまだ仕事に夢中の夢をみる懐かしくあり哀しくもあり
オータニの我を忘れる雄叫びの吾にありしか七十年(ななそじ)生きて
ジグソーの紙の欠片をひとつづつ剥がして嵌めて冬のひねもす
真夜中に襁褓(むつき)を換えることもなく羨し(とも)く思ふ「パパの育休」
何ごとも気の済むまでにやったかと朝のラヂオに問われて目覚む
午前四時「絶望名言」聴きながら百歳生きる体操はじむ
人思ふ「好き」も「嫌い」も女偏いづれと云えぬをのこの吾は
うす暗き厨のすみで鶏卵の賞味期限のシール剝ぎをリ
秋の夜にこころの貧を覚へゐつ「パン屋のパンセ」読みまた思ふ

(望郷・追想)
挿げかへし紅い鼻緒の塗り下駄を抱えて眠る君はいずこに
はつ夏におんぶ紐よりはみ出しぬ赤子の足の太ぶとに肥ゆ
モスリンの腰紐あまた残されぬ母を縛りし絹なりの聞こゆ
いっせいに上向く咽喉(のど)に水たたせ夏雲あふぎ朝練をへる
乳頭の湯気の向こうに顕はれし若きをみなの白き乳房
庖丁の刃先に子らの目を集む西瓜切るとき父になるらむ(京都短歌8/3)
震えつつ後ずさりする雨粒を車窓に見てるふるさと近く

暑気残る梨木宮に水をくむ君のうなじに玉水の汗
若き日の神楽岡墓地その奥にくちなし匂ふアパートありし
十八歳で金沢はなれ京都、千葉、大阪、奈良と五十年過ぐ
ジャーナルを毎週読みし日々もあり「週刊朝日」休刊となる(京都文芸6/13)

(酒)
若きらのうち笑ひたる居酒屋に色とりどりのサワーが並ぶ
佐海屋の肴はいつも同じでもパートの媼をからかひてをり
もっきりの縁もりあげて酌む酒の滋味のあふるる媼のなさけ
老いたれば人肌好む燗酒のおちょこの底に蛇の目がにらむ
それぞれに「あの頃」といふほろ苦きときを肴にひとり酒吞む

(雑詠)
窓越しにイソヒヨドリの声ひびき歌会たちまち海原になる(京都短歌5/24)
君の名を今日も見つけて読み返す朝日歌壇に子育てを詠む
織田作も折口信夫も通ひたる古本大学「天牛書店」(全国短歌フォーラム塩尻)
早起きし竹馬の友に逢つたよな君を見つけし新聞歌壇(京都短歌9/22)
フェルメールの青より碧し魚形の瑠璃色茅渟の海色なるや

令和六年もよろしくお付き合いお願い申し上げます。   福田正人

令和五年元旦から十二月五日までの詠草約四百首のうち、自選百十六首を掲載
( )内は、新聞雑誌掲載(京都文芸:京都新聞  京都短歌:朝日新聞京都版)
福田 正人 1950年生まれ
XID(旧ツイッター):@marken
メール:markenet2016@gmail.com
☎ 090-1582-5158
〒610-0361 京田辺市河原神谷8番11 グローバル京田辺203

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