歌集「あふれよ」道浦母都子を読む
歌集「あふれよ」道浦母都子を読む
道浦さんは小池光さんや永田和宏さんと同年であり、小生ともほぼ同年代である。何度か歌会に参加させていただき親しみを持っている歌人のひとりである。これまでにアンソロジーでは歌に接してきたが、歌集を一冊鑑賞したのは「あふれよ」が初めてだ。
通読して感じたのは、母、父、姉といった家族との葛藤、多くは記憶の中で詠われている。二つ目は全共闘世代のイメージにいつまでも引っ張られていることへの思い。また、今も続く戦争や不正義に対する批判精神が今も健在であること。最後に、ふる里紀州にたいする思い入れなどが印象に残った。
歌集は、三章、四十八の連作全体では四百首あまりで構成されている。
小生の印象に残った歌を紹介する。
第一章 平成のおわり まだまだ元気
天竺まで歩いてみたい御堂筋銀杏並木はひるがえる秋
豆苗の長すぎる足をばっさりと切って一日のうっぷん晴らす
紀伊水道春はいまだし群青の空と海とが抱擁をして
眼鏡三人スマホ八人でんしゃ眠気防止の車内展覧
ソックスにしがみついてるいのこずち古墳の森のみどりごのこと
第二章 令和のはじまり 家族への郷愁
ちちははと思いて抱く骨壺はからからと鳴るいのちのかけら
光年の彼方より来て一瞬のひかりを灯し消えゆくわれも
血縁のもろさ危うさ七年も会わぬ姉にも鄙の明かりを
ポンポン船見ていしころの姉妹いつもしっかり手をつないでた
起立せず国歌うたわず千秋楽終えて薄暮の坂を下りぬ
「全存在」の一首を残してくれたひと恨みあれど恩寵もあり
全存在として抱(いだ)かれいたるあかときのわれを天上の花と思わむ『ゆうすげ』1987年
第三章 社会への鋭い視点も健在
桃の節句に雛人形は集められ死出の船出をする習わしぞ
人形は旧石器時代から 貢物は女たち それゆえ人形生まれしという
一冊の日記のような歌集にて振り回されたるわれの一生
回覧板抱えて二丁目八番地ご近所といえ住む人知らず
雨しとど額あじさいの花揺るる子このニッポンに死刑あること
(おわり)
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