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父の帰宅 32

二〇〇二年二月六日時の不安

──前回も彼女のことが負担になるとお伝えしました。今はもちろん負担という言葉も当てはまりますが、それ以上に恋愛感情がかなり希薄になっています。彼女に抱きつかれたり、キスされると抵抗感を覚えます。ただこのことを彼女に伝えて彼女のリアクションを想像すると怖いです。彼女は僕に強く依存してしまっています。

彼女が僕に依存していると書きながら、彼女に負担を感じているにも関わらず僕自身彼女と距離を置くことを怖れています。僕自身も彼女に依存しています。僕がこれほど彼女を失うことを怖れるのは高校三年のときに、大失恋をしたからです。

そのときの感情は喪失感をとおり越して恐怖感でした。本気で自殺も考えました。またあのときのような状態になるのではないかと怖いのです。このことに関して誰かにいったり文章にしたのは初めてなのでこれをキョウカ先生に伝えることによって僕のこの件に関しての認知度が高まって彼女との関係性に何らかの変化が現れるのではないかと心配しています。

彼女との関係を憂いでいるからかもしれませんが、とにかく眠れません。ロヒプノールのおかげでかろうじて二時間ほど眠れている程度です。どんなに引きこもりたい気分でもバイトの時間はやってきます。

苦しくて、不安で、恐ろしくてどうしようもなくなるときがたまにあります。それでも僕は自分の回復のためにできる限りのことをするつもりです、もしやるだけのことをやって回復できないのであれば胸を張って引きこもります、変なこといってますね、どうか力を貸してください。

結局このときに書いた、マサのお姉さんが父親に殴打されるシーンがEMDRのファーストターゲットになった。そしてマサはヒサコさんとの関係が負担になってしまい、別れることを決意した。そのことをカウンセリングでキョウカ先生に話している。

「彼女と別れようと思います」

「そうか」

「彼女は仕事が忙しくて結局そっちを優先してしまってここに来るのを止めてしまいました。もう僕にできることがないです。レジュメを書くことで自覚的に子どもの頃の記憶が蘇ってきて、今までは父親だけが憎悪の対象になっていたんですけど、実際は母親に対しても強い感情が生まれてきて、同じ家にいるだけでかなりきついです。こんな状態で彼女のトラウマの話や仕事の愚痴を聞き続けたらもう持たないと思います」

「でも湯浅君もこの前いってたように自分も依存しているのを自覚してるんだよね」

「はい、でも今は依存より別れたあとに僕に訪れる罪悪感の方が心配です」

「やっぱり罪悪感持っちゃう?」

「はい、今まで彼女に助けてもらったこともたくさんありますから」

「そうか、でも別れようと決めたってことはその罪悪感より今の自分の回復を優先するということなんだよね」

「……、はい、そうです」

「私は罪悪感を持つなっていっても感じてしまうかもしれないけど、でも湯浅君と別れたあとの人生は、彼女のものであって湯浅君の人生とは切り離して考えた方がいいと思うよ」

「そうですね、でも僕自身依存で成り立っていた恋愛関係を破棄されたことがあるので、そのときの辛さはなんとなく分かるので」

「そうか」

「でも自分の回復と罪悪感を天秤にかけたら自分の回復を優先させます」

「それは正しいと思うよ」

「例え彼女が自殺してもですか」

「うん」

「分かりました、彼女に率直伝えようと思います」

「そうだね」

***

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