これは任務だから仕方ない……――Replica
俺が誰か?そんなことはどうでもいい。
いいか、よく聞いてくれ。俺は今、どこだかわからない場所に監禁されてる。手元にあるのはスマッホ1台だけだ。それも俺のスマッホじゃない。顔も知らない誰かのスマッホだ。
11月4日、21時28分……。俺がここに連れて来られたのはいつだったか。記憶が曖昧だ。確か、俺は、このスマッホで何かをしなくちゃいけなかったはずなんだが……。
パスなんて当然知るわけもない。何かしようにも、何もできやしない。くそっ、俺はどうしたらいい?頭を抱えた時だった。
何だ!?
突然スマッホに着信が入った。
電話は対応する暇もなくすぐに切れた。エミリー・グリーンリーフ?知らない名前だ。
どうやら相手はメールに切り替えたらしい。もうすぐ誕生日、か……。このスマッホの持ち主のことだろう。どうやらこのスマッホの持ち主は行方不明になっているらしい。断片的なメールの文面から察せられた。
しかし、誕生日か。パスワードにしがちな数字というと誕生日だが……
ちょっとした好奇心から入力してみると、なんとあっさりとロックを解除出来てしまった。他人のスマッホを盗み見ている。あまりいい気分じゃない。
また着信だ。今度は見知らぬ番号。電話帳に名前が登録されていないということは、この持ち主にとっても見知らぬ番号のはずだ。
……今はともかく情報がほしい。俺は電話を取った。
……なんだと?
ああ、ああ!思い出した!
俺は、テロの容疑者だとかで、国家安全保障機関の奴らに捕まって、ここに連行されてきたんだ!
そして身の潔白を証明するために奴らが俺に提示した条件は一つ。それは、俺と同じく容疑者として監禁されているこのスマッホの持ち主の、国家叛逆の証拠を見つけ出すこと。
そうだ、そうしないと、俺の家族までもがテロリストとして疑われて牢屋にぶち込まれるんだ!
やるしか、ない。
俺は、これを、やるしか、ないんだ。
………………………………
…………………………
…………………
…………
……そうして、俺はこのスマッホの持ち主、ディッキー・グリーンリーフの個人情報を漁った。最低の行為だ。ガールフレンドとのメールのやり取りや、ディッキーを案じている家族の言葉を覗き見た。写真フォルダにあった彼の思い出も穢した。ネットの検索履歴やSNSの投稿から、叛逆の証拠になりそうなものをあら捜ししてまわった。
……それだけなら、まだ俺は俺に言い訳できたんだ。「任務だから仕方ない」って。「これは命令されたからやったことだ」って。
だが、俺は気づいてしまった。この最低の行いが、次第に、確かな快楽となっていることに。
俺は指示された以上のことをしていた。この状況を言い訳に、ディッキーのすべてを暴こうと思ってしまった。ただ自分の好奇心を満たすためだけに、指を動かしていたんだ。
もう、戻れない。この味を知った以上、俺はもはや普通の暮らしには戻れないだろう。俺はそれが恐ろしい。俺はいつの間にか、心まで国家の狗に出来上がってしまっていたんだ。
いつか俺はこの体験を忘れてしまうだろう。この恐怖も、また別の誰かの個人情報を暴く快楽に塗りつぶされて、やがて消えてしまうのだろう。洗脳とは人間を外から塗りつぶすものじゃない。人の内から染み出して、変わってしまっていることに気づかせない。きっとそういうものなんだ。
これを読んだあんたがもし、俺と同じような事態に陥ったなら。
あんたは俺のようになってはいけない。
俺のようにならない方法は、ほかにいくらでもあるはずなんだ。
誰かに助けを求めるでもいい、ちっぽけな反抗心でもあれば、状況は何か変わるはずだ。
あるいは、もしかしたら。こんなクソッタレな世界から抜け出すもう一つの道が、どこかにあるのかもしれない。
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