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『世界のサラダ図鑑』に登場してくる日本では手に入りにくい食材第27回 レンティルとダール/ダル

使用されているサラダ

Zalatat Addas

レンティル
Salade de Lentilles Vertes/フランス/ランティユ‣ヴェルトゥ‣デュ‣ピュイ
Kypriakí Saláta Dimitriakón/キプロス/グリーンレンティル
Azifa/エチオピア/グリーンレンティル
Zimbabwean Rice Salad/ジンバブエ/レンティル
Zalatat Addas/イラク/グリーンまたはブラウン

Salade de Lentilles Vertes

ダール

Baledindina Kosambari

Gin Thokeミャンマー/チャーナダール
Lahpet Thoke/ミャンマー/チャーナダール
Kosambari/インド/ムーングダール
Baledindina Kosambari/インド/ムーングダール
Verkadalai Sundal/スリランカ/ウラドダール

Lahpet Thoke

まえがき

Guiso de lentejas
アルゼンチンのレンティルシチュー
『世界のスープ図鑑』より

 レンティル/レンズ豆(以降レンティルと表記)、ダール/ダル(以降ダールと表記)は日本でも知られてきたとはいえ、まだスーパーで簡単に手に入る食材ではないと思われます。極小の豆あるいは豆の加工品なので他の大きな豆を代替品として使うことはできません。この点では『手に入りにくい食材』という点で解説を行う必要のある食材ではありますが、両者ともとても興味深い食材であり、これから日本でも普及するのではないかという期待を込めて、今回は視点をかけて食材としてのレンティル、ダールを解説したいと思います。
 
 最近は日本でもレンティル、ダールという言葉を耳にするようになってきたのではと思います。これから日本でも家庭で料理する機会も増えてくるのではないでしょうか。
 どちらも豆で1㎝に満たない小さなものです。見た感じとてもよく似ているので同じじゃないかと思っている人も多いでしょう。私も以前はレンティルとダールは同じものだと勘違いしていました。大きさが同じくらいで形もよく似ているところがあるので、間違えても仕方がありません。
 実際ダールをレンティルと呼ぶ場合も多く、袋のパッケージにもそう書かれていることがあり混乱に拍車をかけています。レンティルはレンズの形をしていることからこう呼ばれています。本当は逆でカメラなどに使われているレンズがレンティルの形に似ていることからレンズと呼ばれるようになったわけですが、こういうとさらに頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいますよね。ダールもレンズみたいな形をしています。ならばダールもレンティルと呼んでもいいじゃないかと言いたくなります。形だけにフォーカスするならばけっして間違いではないわけです。
 それがそうはいかないのです。レンティルとダールは違うものなんです。詳しいことはあとで解説しますが、簡単にいえばレンティルは豆の種類、ダールは豆の種類ではなく豆の加工品なのです。ではレンティルとダールはまったく違うものかというと、必ずしもそうではないところがまた混沌を招く要因になっているのです。
 済みません。レンティルとダールの違いが分かるどころか余計に分からなくなってしまいましたね。では少しずつ謎を解いていきましょう。

レンティルについて

レンティルという名前の由来

 人類がレンティルの栽培を始めたのは紀元前7000年ころではないか言われています。場所は肥沃な三日月地帯と言われるチグリス、ユーフラテス川流域です。紀元前1万年以上前に栽培がはじめられた米や麦と比べると若干歴史が浅いといえますが、レンティルと同じころに他の豆類の栽培も始まったようです。以降ヨーロッパ、アフリカ、アジアへ、そしてアメリカ大陸へと伝搬し、今では世界的に最も食される豆のひとつに数えられています。現在生産されているレンティルの約40%はカナダで、2位はインド産で世界総生産量の約20%を占めています。
 レンティルはその名の通りレンズの形をしています。この表現はとても分かりやすく、間違いではないのですが実際は逆なんです。先ほども書きましたが、メガネなどに使われているレンズがレンティルの形に似ているためレンズと呼ばれるようになりました。つまりレンティルが先でレンズが後なのです。
「そりゃあそうでしょう。虫眼鏡みたいなレンズなんかを使い始めるよりはるか昔からレンティルが食べられていたわけでしょ。疑問の余地なし」
 私もそう思った1人です。でも「ちょっと待った」という気持ちがあったのも事実です。
 インターネットでレンティルとレンズのことを検索すると、話はほぼすべてレンズという名はレンティルに由来すると書いてあります。でもこれだけでは私にはなんとなくもやもやとした感じで、「そうなんだあ」と率直に思えないところがありました。レンティルの栽培は紀元前1万年以前まで遡るわけですが、そのころからレンティルと呼ばれていたとは到底思えません。眼鏡などに使わるレンズも同じです。レンズは近代の産物ではけっしてなく、ローマ帝国時代にはレンズのようなものがすでに存在していたようです。10世紀には文字を拡大して読むためのreading stoneが発明されました。当時はもちろんまだレンズとは呼ばれていませんでした。
 日本でいうレンズ豆は英語でlentil(レンティル)といいます。lentilの語源はフランス語のlentille(ランティーユ)です。もちろんレンティルは世界でいろいろな名前で呼ばれているわけですが、lentil、学名lensの語源はさらに遡り、最終的にラテン語のLentulus(レントゥルス)にたどり着きます。レントゥルスはローマ帝国時代の貴族の名前で、1人の人物ではなく先祖代々その名を名乗っていた一族を示すもののようです。ローマ帝国時代、レンティルを含み様々な豆が栽培されていて、食料として大変重要な役割を演じていたのですが、そのころからこの名前で呼ばれていたわけではありません。
 この豆にレンティルの名前が与えられたのは17世紀のことです。植物分類の定義を確立した科学者の一人として知られるフランスの植物学者ジョゼフ・ピトン・ド・トゥルヌフォール(1656~1708年)が、この豆の属名としてレンズを採用しました。
 どうしてローマ時代の名前を使ったのか不思議ではありますが、これはレンティルに限ったことではなく、Chickpea/ひよこ豆はCicero/キケロ、Fava bean/そら豆はFabius/ファビウス、Pea/グリーンピースなどはPiso/ピソなどどれもローマ帝国時代の著名な家系の名前から取ったものです。
 眼鏡などに使われているレンズはどうなのでしょうか。前述したとおりレンズもまた近代の産物というわけではなく、レンズという言葉はないにしてもローマ帝国時代にはすでにその存在が知られていました。第5代ローマ皇帝が子どものころに家庭教師をしていた哲学者ルキウス・アンナエウス・セネカが「水晶玉によって文字が拡大されうる」みたいなこと言っています。あえて文字を大きくして読みやすくするために水晶を加工したかどうかは分かりませんが、その効果については認識されていたといえます。

Kypriakí Saláta Dimitriakón
キプロスのグリーンレンティルを使った雑穀サラダ

 小さいものが大きく見える。こんなすばらしいことはありません。13世紀には単なる水晶玉ではなく虫眼鏡のようなものが誕生します。極端な話、見えないものが見えるようになるわけで、当時の人々にとっては驚きであると同時に恐ろしいものでもあったわけで、当時は悪魔の道具などとも言われていました。
 13世紀に誕生した虫眼鏡の利用、開発はその後二股に分かれます。ひとつは眼鏡です。眼鏡が開発されたのは13世紀のイタリアだといわれています。もうひとつは小さなものを大きくする顕微鏡や遠くのものを近くにする望遠鏡です。どちらも発明されたのは16世紀で、顕微鏡は英国で望遠鏡はオランダで発明されました。16世紀ころにはまだレンズとは言わずバイコンヴェックス(biconvex、ドーム型のものを2つ重ねたような形)という専門用語が使われていたようです。バイコンベックスがレンズといわれるようになるのは17世紀です。「形がレンティルに似ているからレンズにしましょう」ということになったわけですが、レンズは長い間ずっと使っている言葉だし、分かりやすいし、簡単だしと考えたかどうかは分かりませんが、以来レンズはレンズと呼ばれるようになりました。
 これでレンティルも眼鏡のレンズの語源もはっきりしました。では本題に入りましょう。といいたいところですが話はまだ続きます。
 この豆がレンティルと呼ばれるようになったのは17世紀です。虫眼鏡の形をしたものがレンズと呼ばれるようになったのも17世紀です。しかもレンティルと名付けたトゥルヌフォールは1656年の生まれなので、レンティルの名前がついたのは17世紀も後半ということになります。つまり両者に同じ名前がついたのはほぼ同時期、離れていても数10年ということです。レンズが先で豆が後でもおかしくないくらい時代的に隣接しています。もちろんそういうことはありませんでしたが、「そんなことってあるのかなあ」と思いたくなります。
 やはりそんなことはありませんでした。属名としてレンティルを採用したのがトゥルヌフォールであって、トゥルヌフォールが名前を作ったのではないのです。実際はもう少し前から豆そのものはレンティルと呼ばれていたようで、レンティルと呼ばれるようになったのは、さらに時代を遡った13世紀の中ごろのようです。何1000年もの間食されてきた小さな豆がレンティルと呼び始めた時代と、物を拡大して見せるものをレンズと呼ぶことにした時代には400年の開きがあるのです。
 これで疑問は晴れました。レンティルが先でレンズが後という認識には間違えはありませんでした。

販売されているレンティルの種類

左からブラウンレンティル、グリーンレンティル、レッドレンティル

 レンティルと呼ばれている豆にはどんな種類があるのでしょう。
 アメリカでよく見かけるレンティルはグリーンレンティル、ブラウンレンティル、レッド/オレンジレンティルの3種類です。3種類売られているからといって3色の色違いのレンティルが栽培されているというのではありません。グリーンレンティルとブラウンレンティルは同じもので、単に色の違いだと思っていいでしょう。しかしグリーン/ブラウンレンティルがすべて同じ品種というのではなく、数えきれないほど品種が存在し、商品としてグリーン/ブラウンと総称して販売されています。おそらく製品化される際に洗浄などと同時に色分けされるのではと思っています。日本ではブラウンレンティルとレッドレンティルの2種類があると説明してる場合が多く、種類という点では日本のほうが正確といえます。

同じブラウンレンティルの袋に入っていたもの。色もサイズも様々であることが分かります。


 同じグリーン/ブラウンレンティルでも様々な品種があることは先に述べました。地域、農家の意向、違う気候や土地への適応などによって適した品種が選ばれます。ひとつの農家が複数の品種を栽培している場合もあります。製品化する際にそれぞれを品種別に分けるかということはそういうことはなく、一つのパッケージの中に様々な品種が混ざっています。世界のレンティル生産の半数近くを占めるカナダの場合を考えてみましょう。各々の農家が製品化する施設を持っているわけではありません。それぞれの農家は製品化する工場にレンティルを持って行きます。ひとつの農家でさえ複数の品種を栽培しているわけですから、工場に集まってくるレンティルは多品種にわたることは十分想像がつきます。サイズや色で分類することは可能かもしれませんが、品種で分類するのはおそらく不可能です。実際品種別に分類されることはなく、いろいろな品種が混在する形でパッケージ化されます。1つの品種ということではないのかもしれませんが、小豆にしても大豆にしてもほかの豆はどれも色が均一です。でもグリーン/ブラウンレンティルは微妙に色合いが違うものが混ざっていることが分かります。
 レッドレンティルはどうでしょう。レッドレンティルは同じレンティルでも、グリーン/ブラウンレンティルとは見た目が随分違います。レッドレンティルはその名の通り鮮やかな色をしています。赤といっても色に幅があり、真っ赤なものは少なく濃いオレンジ色というのが正確でしょう。
 

レッドレンティルの謎

Misir Wot
エチオピアのオレンジレンティル(レッドレンティル)を使ったシチュー
『世界のスープ図鑑』より

 レッドレンティルは赤いレンズ豆なのでしょうか。それが違うのです。グリーン/ブラウンレンティルは皮付きのままですが、レッドレンティルは外皮を取り除いてある皮なしレンティルなのです。レッドレンティルも皮付きだとグリーン/ブラウンレンティルと同じように褐色なので見分けがつきにくいくらいです。ちなみにグリーン/ブラウンレンティルは皮を除くとクリーム色をしています。
 どうしてレッドレンティルは皮なしで売られているのでしょう。逆になぜグリーン/ブラウンレンティルは皮なしがないのでしょう。いろいろ調べてみたのですがこれがよく分かりません。皮ありのレッドレンティルはインド系の食材店に行けば見つかります。でも皮なしのグリーン/ブラウンレンティルはあるのかもしれませんが、私は見たことがありません。
 レンティルは様々な料理に使われますが、最も頻繁に登場するのはスープです。他の豆と比べると小さく短時間で煮えるのがひとつの理由です。中近東、ヨーロッパ、インド亜大陸(インド、バングラディッシュ、パキスタンなど)などにはそれぞれ独特のレンティルを使ったスープがあります。しかし材料になるレンティルの種類に大きな違いがあります。ヨーロッパでは伝統的にグリーン/ブラウンレンティルを使います。インド亜大陸ではレッドレンティルが使われる場合がほとんどです。もちろんグリーン/ブラウンレンティルが使われないわけではないですが、レッドレンティルと比べるとおそらく料理の種類も消費量もかなり少ないといえます。中近東ではどちらのレンティルも使うので他の2つの地域の中間的な存在をいえます。つまり食文化の違いで使用するレンティルが違うわけです。グリーン/ブラウンレンティルはヨーロッパ向け、レッドレンティルはインド亜大陸向けの商品ということもできます。
 

皮ありと皮なしレンティルの違い

Harira
モロッコのブラウンレンティルとひよこ豆を使ったスープ
『世界のスープ図鑑』より

 では調理するうえで皮ありのグリーン/ブラウンレンティルとレッドレンティルには違いがあるのでしょうか。まずは味ですが豆の皮にもそれなりに味があるわけで、違うとすればこの点に限られます。皮ありのほうが土臭さがあり、皮なしのほうが味がマイルドだとよく言われます。でも正直に言えば味はどちらも際立った違いはないというのが私の印象です。
 これが食感となると両者にかなり違いが出てきます。皮ありの場合は調理しても他の豆と同じように皮が溶けてなくなるわけではなくしっかり食感として感じられます。皮なしでは絶対に感じることができない食感です。皮ありに対して皮なしは煮れば煮るほど柔らかくなり、最終的にはほとんど形を失ってしまいます。豆自体の大きさはまったく違いますが、あんこの粒あんと漉しあんの違いに似ていますが、レンティルのほうがあんこより食感の違いが感じられるかもしれません。
 皮で保護されたグリーン/ブラウンレンティルは煮ても形を失わない、皮の失ったレッドレンティルは煮れば煮るほど形を失っていくという両者の違いは自ずと料理に反映されます。グリーン/ブラウンレンティルは似てもそのまま残っていいてほしいスープやサラダに向いています。レッドレンティルはポタージュスープのようなスムースなピュレを作るの適しています。あんこ、クリーム的な使い方も可能なのがレッドレンティルの魅力ともいえます。
 

そのほかのレンティル

左:lentilles du Puy/レンティーユ デュ ピュイ
右:beluga/ベルガ(ブラックレンティル)

 同じグリーン/ブラウンレンティルでありながら他のものとは別に特定のブランドのように扱われているものがいくつかあります。そのひとつはフランスのlentilles du Puy レンティーユ デュ ピュイと呼ばれるグリーンレンティルで、EUで制定された原産地名称保護制度の保護原産地呼称によって認定保護されています。つまり他の地域で生産されたものはこの名前を使えないことになっています。
 レンティーユ デュ ピュイは単に名称が保護されているだけでなく、他のグリーンレンティルとは食材として違った特徴を持っています。レンティーユ デュ ピュイは他のグリーンレンティルよりも小さく、色も他のレンティルよりもはっきりとした緑色か多少グレイがかっています。皮が厚く煮崩れしないので、その特徴を生かしてサラダなどによく使われます。おそらく皮が厚いことが理由で土臭さがあり、少しばかり胡椒のような辛みを感じます。
 もうひとつはスペインのLenteja de La Armuña レンテハ デ ラ アルムーニャとLenteja de Tierra de Campos レンテハ デ ティエラ デ カムポスと呼ばれる、スペインの北西部あるいは西部だけで生産されているレンティルです。どちらも様々な肉や野菜といっしょにスープにするのが一般的で、この2種類のレンティルもスペイン国内で保護されています。
 カナダ産のbeluga ベルガはかなり変わっています。ブラックレンティルといわれる通り真っ黒レンズ豆で、他のレンティルよりも丸みを帯びています。味もコクがあり、より土臭い感じがします。またグリーン/ブラウンレンティルよりもしっかりしていて煮崩れしにくいのが特徴です。

ダールについて

レンティルとダール

 私がレンティルやダールを食べ始めたころ、両者は同じものだと思っていました。インゲン豆や大豆のような子どものころから馴染んできた豆と比べると、どちらも遥かに小さく平べったり形をしています。インターネットでダールを調べてみると、ダールをレンティルと書いてあることも実際多くあります。私も見た目の印象、インターネットから得た情報からそのことにまったく疑問を持つことがありませんでした。
 そんな中途半端な知識のまま『世界のスープ図鑑』を執筆するために情報を収集し始めました。『世界のスープ図鑑』の中にはレンティルやダールを使うスープがいくつも登場してきます。ただしこのふたつの食材を使ったスープが世界各地に存在しているわけではなく、ヨーロッパ、中近東、北アフリカ(東アフリカの一部も含む)、インド亜大陸にほぼ集中しています。大まかにいえば西ヨーロッパで主に使われるのはグリーン/ブラウンレンティルでインド亜大陸ではダールが使われることがほとんどで、グリーン/ブラウンレンティルがインド料理に登場することはほとんどありません。東ヨーロッパ、地中海、北アフリカ、中近東にはグリーン/ブラウンレンティルとレッドレンティルを使ったレンティル料理が存在します。

Dal Shorba
インドのダールを使ったスープ。地方によって様々なダールが使われる。
『世界のスープ図鑑』より

 レンティルが言語によって綴りや発音が変わるにしても、学名であることもあり世界共通の呼び方だと思っていいでしょう。ダールは違います。ダールはヒンズー語で割った乾燥豆という意味ですが、ダールを頻繁に使うインドにしても国内に様々な言語が存在するのでそれぞれの言語で呼び方が違ってきます。インドからの移民が多い国は世界いたるところにあり、インド料理自体も世界を代表する料理のひとつではありますが、インド亜大陸以外ではダールあるいはそれに相当する言葉はまず使われません。つまりレンティルという言葉はインド亜大陸の料理に使うことはできても、ダールという言葉をヨーロッパや中近東の料理に使うのはかなり無理があることが分かります。
 

ダールはレンティルは同じもの?

「なあに、難しいとこなどどこにもないじゃないか」と思われるかもしれません。でもそこに落とし穴があるのです。
 確かにインド以外ではインド料理以外にダールという言葉を使うことはないですが、インドではレンティルということが頻繁に登場します。もちろんレッドレンティルを使った料理がインドにもいろいろとあるわけですが、それ以外にもレンティルという言葉が使われます。
 ここでもう一度レンティル、ダールがどのようなものか確認しておきましょう。レンティルはレンズの形をした小さな豆の名前です。ダールは半分に割った豆のことで豆の種類ではありません。極端な話どんな豆でもレンティルも含めてダールになりえるわけです。レンティルであり、ダールでもあるものが存在してもかまわないわけです。実際レンティルのダールが1つだけあります。マスールダールと呼ばれるもので、レッドレンティル(ブラウンレンティルのようなもので赤いわけではありません)の皮を取り除いたものです。つまりマスールダールとレッドレンティルは同じものです。
 ここまではすっきり明確なのですが、ここで終わりません。インドにはほかにもレンティルと呼ばれているものがあるのです。例えばウラドゥダール(urad dal)はブラックレンティル、ムーングダール(moong dal)、トゥールダール(toor dal)、チャーナダール(chana dal)もレンティルと呼ぶことがよくあります。「レンティルってそんなに種類があるんだ」と驚きますが、実はそうではありません。ウラドゥダールはブラックグラム、ムーングダールは緑豆、トゥールダールはピジョンピー(グリーンピースの仲間)、チャーナダールは黒ひよこ豆の皮をむいて割ったものです。どれもレンティルではないのです。乾燥グリーンピースを二つに割ったものをスプリットピー(split peas)といって、アメリカではスーパーでごく普通に売られていますが、これもレンティルと呼ばれることがあります。さらに言えば、スプリットレンティル(split lentils、割ったレンティル)などという摩訶不思議な言葉もあります。もちろんレンティルを割ったものではなく、チャーナダールのように豆を割ってレンティルみたいになったやつのことをこう呼びます。極端な場合はダールの英語表記がレンティルであったり、ダール=レンティルなどと書いてあったりすることすらあります。
 これをうのみにしてしまうと、私のように頭の中がぐちゃぐちゃになり、勘違いしてしまうことになってしまいます。レンティルを比べてみるとよく分かります。2つに割ったダールは平べったくてレンティルと見間違えても仕方がないくらい似ています。知らなければ間違えて当然とも言えます。 

CholaはBlack-eyed pea
つまりグリーンピースと同じような豆でレンティルではありません。
にもかかわらずLentilsとも表記されています。
左がチャーナダール、右がブラウンレンティルです。
こうして拡大してみるとダールとレンティルが違うものであることがよく分かります。

まだあるダールの不思議


 ややこしいことをもうひとつ。ダールは割るという意味でした。これはサンスクリット語が語源でやがて英語でいうdivideにたどり着きます。豆は皮を除くと中身が2つに分かれていることが分かります。これを離したのがダールということになります。でも実際は割った豆以外にもダールという言葉が使われます。例えばウラドゥダールは皮を取り除いていない豆そのものも、皮付きのまま割ったものも、皮を取り除いて割ったものもウラドゥダールなのです。これでは区別がつきません。だからというわけではないでしょうが、それぞれを区別するために言葉を付け加えて豆そのもののものをsabut urad dal(サブトゥウラドゥダール。dalが省かれる場合もあります)、皮付きのまま割ったものをurad dal chilka(ウラドゥダルチルカ)、皮を取り除いて割ったもをurad dal dhuli(ウラドゥダルドゥーリ)といいます。Sabutはまるごと、chilkaは皮、dhuliはほこりという意味のようです。
 

ダールとダールに関連した豆に関して写真とともに整理してみましょう

キャプション解説はヒンズー名、ヒンズー語名の日本語表記、英語、日本語名となっています。

左:Kala chana カラチャーナ Bengal gram, whole (Black chickpeas) 原形のクロヒヨコマメ(黒ひよこ豆) 中央:Chana dal チャーナダール Bengal gram, split and skinned 皮を除き割ったクロヒヨコマメ(黒ひよこ豆) 右:Kabuli chana/chole カブリチャーナ/チョレ Chickpea, white (Garbanzo beans) 原形のヒヨコマメ(ひよこ豆)


左:Sabut urad (dal) サブトゥウラドゥ Black gram/urad bean, whole 原形のケツルアズキ 中央:Urad dal chilka ウラドゥダールチルカ Black gram, split and with skin 皮付きのまま割ったケツルアズキ 右:Urad dal dhuli ウラドゥダールドゥーリ Black gram, split and skinned 皮を除き割ったケツルアズキ
左:Sabut masoor サブトゥマスール A type of brown lentil, whole 原形のチャレンズマメの1種 中央:Masoor dal マスールダール Red lentil, split and skinnedマスールダール 皮を除き割ったチャレンズマメの1種/赤レンズ豆 右:Malka masoor dal マルカマスールダール Red lentil, split and skinnedマスールダール 皮を除き割ったチャレンズマメの1種/赤レンズ豆普通のマスールダールと同じか別種かは不明。通常のマスールダールよりも色が濃いですが、煮ると色が薄くなります。



左:Sabut moong サブトゥムーング Green gram/mung bean, whole 原形のリョクトウ(緑豆) 中央:Moong dal chilka Green gram, split and with skin 皮付きのまま割ったリョクトウ(緑豆) 右:Moong dal, dhuli Green gram, split and skinnedムーングダール 皮を除き割ったリョクトウ(緑豆)


左:Sabut toor dal/Sabut arhar dal サブトゥトゥールダール/サブトゥアラールダール Pigeon peas 原形のキマメ(黄豆) 右:Toor dal /Arhar dal,トゥールダール 皮を除き割ったキマメ(黄豆)

割った皮なしダールの使い道

 ダールは皮を取り除いてあるので、まるのままの豆とは様々な点で違っています。味はとてもマイルドです。チャーナダールはナッツのような風味、マスールダールは土臭さ、ウラドゥダールは少しばかり苦みがあるとよくいわれますが、強烈に感じるものではなく微細です。なかでもムーングダールとトゥールダールは他のダールよりマイルドで癖がないため、様々な素材にとても馴染みやすいといえます。ダールは水に浸しておく必要がなく、そのまま水に入れて火にかけてもすぐに煮えるのでとても便利な素材ともいえます。
 ダールと呼ぶことはありませんが、ムーングダールは中国や東南アジアでもよく使われます。中国では去殼綠豆(チュークーリュードウ、殻を取り去った緑豆の意)と呼ばれ、あんこの材料などに使われます。よく知られた料理には綠豆糕(リュードウガオ。緑豆あんのお菓子)などがあります。
 インドではムーングダール、マスールダールなどダールの名前がそのまま料理の名前として使われます。ダールを使ったポタージュスープのような料理で、インド国内でも地方によって使うダールが異なり地方色豊かな料理のひとつになっています。中国や東南アジアと同様デザートの材料としてもよく使われます。

绿豆糕(リュウドウガオ)
中国の皮を取り除いた緑豆で作るお菓子

 ダールはこのほかにもいろいろと違った料理で使用できるのではないかと思っています。まだまだ開発の余地を秘めた食材といえます。前述のムーングダール、マスーツダールといった料理はスープのようなものですが、豆のカレーといったほうが分かりやすいかもしれません。私は最近こういった料理を参考にして、カレーのとろみをダールでつけるようになりました。日本のとろみのあるカレーは澱粉や小麦粉でとろみがつけられています。その澱粉や小麦粉の代りにダールを使うわけです。別鍋でダールを溶けるくらいになるまで煮て、それをミキサーにかけるか濾すことでスムースなペーストを作り、それを最後の段階でカレーに加えエとろみをつけます。ダールの色はクリームから濃いオレンジなので色彩としてもカレーによく馴染みます。もうひとつは中近東の料理で日本でもよく知られるようになったホンモス(フムス)です。ホンモスにはひよこ豆が使われます。茹でたひよこ豆を皮付きのままミキサーやフードプロセッサーでペーストにしたものがベースです。これでもスムースなホンモスができますが、レバノンなどのホンモスの本場ではよりスムースなホンモスを作るために皮を取り除く場合はよくあります。ひよこ豆を水でもどした後に手で揉むようにして皮を取り除くのですが、これが結構手間がかかる作業なのです。でもチャーナダールを使えばこの面倒な作業を省くことができます。まだ試行錯誤を始めたばかりですが、ダールはとても興味深い食材であることは確かです。

マスールダールでとろみをつけた鶏肉とオクラのカレー

あとがき

 日本ではまだまだなじみの薄いレンティルとダールですが、最近は特にレンティルはタンパク質を多く含み、炭水化物、ビタミンなど他の栄養素がバランスよく含まれている、調理の手間がかからないなど様々な理由で世界的に注目されています。ダールにしても皮を取り除いた分栄養価が多少下がりますが依然として高く、味など豆本来の特徴を備えていながら調理に時間がからないという利点があるので、これからはインド亜大陸以外でもポピュラーになっていくでしょう。
 ヴィーガンやヴェジタリアンでなくとも、動物性たんぱく質を減らし、その代わりに豆のような植物性たんぱく質を多くとることはけっして悪いことではありません。そういった意味でも、他の豆同様レンティルやダールはとても有用です。

 

参考資料(順不同)

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