天丼屋さんで聞いた「これ以上は辞めてッ!」の話

ふと数えてみると、この1年で日本に帰ってきたのは4回目だった。
中身のないルックス・ライク・アン・アンパンを、パンにゴマがかかっていてそれっぽく見えるだけでアンパンとして定義することはしたくなかったので、コーヒーで起業するならオランダだとこのとき決めていたわけです。

まあいい。天丼屋さんに行ったときの話に戻ろう。

「これ以上は辞めてッ!」お昼の慌ただしい天丼屋は、いま思い返してもお店の名前すら思い出せないが、天丼屋さんで、急にそんな大きな声が聞こえてきたら、その先の物語りに意識が向かうのは必然だった。

一見フランチャイズで展開しているように見える10席くらいの小さな天丼屋さんは、パートのおばちゃんが3人で回している。そのリーダー格と見られるおばちゃんが、叫びながら指差していたのは、たくさんつくった赤だしを一時的に保温しておく鍋だった。ちょうど鍋の中央くらいに指差して、真剣な眼差しで熱い鍋に顔を近づけながら、大きな声を出して注意をしているのだ。「これ以上は辞めてッ!ね!川上さんにも伝えてあったよね?わかるよね?」と。

僕が入るまでもその店は満席(確か5分くらい待ったと思う)で、入ってからもスピーディーに客が入れ替わる天丼屋さんの赤だしストック。鍋の大きさから察するに、もし半分以上入っていても、余る心配なんてなさそうな回転率と分量と時間帯であることはおおよそ想定がつく。それでもリーダー格のおばさんは真剣な形相で語りかけていた。

「はい!気をつけます!」と返事をしながら、フライヤーに入った天ぷらをすくい上げる川上さん。その横のシンクで、食洗機とは比べ物にならないほどの高い生産性で洗い物をするもう一人のパートのおばちゃん。リーダー格のおばちゃんも、全体のオペーレーションを完璧にこなしながら回転率を高めている。

思わず息を呑むような空気の中で、僕は出されたお茶を飲む。そして、どうやら川上さんがフライヤーからすくっているのは順番的に僕の天ぷらであることに気づく。天ぷらの油をきって、どんぶり鉢にアツアツのご飯と天ぷらを盛り、天丼のタレをかける川上さんの表情からは、さっき注意されていた時間を忘れてしまうほどの気迫を感じた。

目の前に出てきた、天丼がいつもよりキラキラしていたのは、ちゃんと油がきれていないわけでも、川上さんの汗や涙でもない。

また行こう。

(今となっては、リーダー格のおばちゃんがパートだったのか、リーダーだったのか、そして注意されていおばちゃんが川上さんだったかどうかすら定かではありません)



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