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【私はマドモアゼル】永久機関

 マドモアゼルは、最近、滅多に出会うことのない『永久機関』にエンカウントした人物として、一躍、時の人となっていた。世界中の専門家達がその存在を追い続けていたが、理論を競わせるばかりで実際に遭遇した者は片手で数えるほどしかいなかった。
 出会った者には必ず、その内燃機関を曝露し、いかに自分が素晴らしい存在であるかを誰にも分かりやすい表現で語るとされる『永久機関』。見た者のエネルギー、つまり生命力を倍加させることから、遭遇者は治験と称してバイオテックその他の企業から莫大な報酬を得ることができる。実際、長者番付の上位には遭遇者達の名前が連なっており、彼らは報酬をテコに有り余る生命力を使って事業でことごとく成功を勝ち取っていた。

「わちにんこ。〈週刊なんでやねん〉の大葉と申します。率直に聞かさせてもらいます。それは、どないなアレやったんですか?」
 分厚くて小さい丸メガネの記者は、唾をぺっぺとしながらマドモアゼルにマイクを向けた。普段なら、そんな奴、白目剥いちゃうほど睨めっこするマドモアゼルだったが、今日は大きいレンズのカメラの前。品がなくっちゃいけない。
「なぁに、なんてことない。なんてことないわよ。なんかまん丸い光の玉なだけで、私のタイプじゃなかったわ。確かに明るいっちゃあ明るいわよ。ルクスもテンションもさ。」
 おどけたような仕草のマドモアゼル。真っ白い大きなツバの帽子をヒラヒラ揺らして、手のひらはお天道様に向け、指は自然に波打つ感じで体をくねらせた。

 すかさず次の記者が目の前に躍り出る。
「きょんばんわ。〈月刊どないやねん〉のリアと申します。」
「リアさん?どんな漢字?」
「いやぁ、漢字やのうて、皆様にはカタカナで覚えていただいておます。リンカーンの【リ】に、アメージングプレイスの【ア】ですわ。」
「あら、そうなのね!とっても覚えやすいと思うわ!」
「ほんなら改めて質問させていただきます。その、なんちゅうんやろ、なんか心に残った会話っちゅうか、奥方の心に刺さったセンテンスっちゅうか、座右の銘っちゅうか、四川中華、そないな文言はありまっしゃったやろか?」
 記者の割には口下手なのか(あるいはそう装っていて記者なりのテクニックを披露しているだけなのか)、周りではイライラする時のモスキート音がいくらか鳴っていた。
「リアさん、あなた、ソプラノやってた?」
 マドモアゼルは真っ赤なネイルで艶めいた人差し指をおちょぼくちに当てて、唇の湿潤を確かめていた。
「よう、わかりまっしゃったな!中学、高校と合唱部でおま。なんや、もう、声出す前から担任の先生が、お前はソプラノやー言うて、そっからずっとソプラノや!ほんに、よくわかりまっしゃったのぉ。」
「そりゃあ、すぐにまっしゃっちゃうわよ。鼻と上唇の距離感見てりゃあね。」
 さっきからモスキート音が鳴り止まない。この国のジャーナリズムとは、話の脱線を許さない文化でもある。
「ほんなら改めて質問させていただきます。その、なんちゅうんやろ、、、」
「ああ、心に残った四川中華に関するオノマトペね?そうね、こう、シャクシャク!シャクシャク!って青椒肉絲を焼く音よ。」
「いやぁ、ちゃうくて、、、」
 しかし、それっきり、リアという記者は引き下がらざるを得なくなった。なんし、モスキート音で頭が痛い。インタビューどころじゃなかったのだ。

 その隙に現れたのは小柄な若い女の子。
「どうもどうも。〈日刊もうええわ〉のクッションと申しますぅ。そのぉ、永久機関の人当たりと言いますか、そもそも人なんかっちゅう話もありますねんけども、その辺含めてマドさんにとってどないな出会いになりましたやろか?」
 クッションのこれまでは、生まれた家もそうだったが、あまり良い出会いに恵まれない人生だった。だから新しい出会いには懐疑的だし前向きではなく、だからこそ無理やり新聞記者になり、他人を探るチャレンジを始めたのだった。

「まぁ、その、何か劇的なものかしら?って疑問はあるけど、私は新しい出会いは好きだから。じゃないとこんな旅なんかしてないし。」
 マドモアゼルって人は、どちらかというと、きっと人にプラスを与える人物なんだろう。クッションは珍しく、そう思った。
「なんだかね、懐かしい匂いがしたわ。そう、あの、団地の匂い。少しじめっとしたような、寄り合って生きるようなさ。あ、あと、うなじ?たぶん場所的にうなじだったと思うけど、、、うなじの毛を剃ってなかったのは好感が持てたわね。」
 記者達は多少ポカンとしちゃってて、特に水牛族生まれの何人かはヨダレが垂れていた。

「まぁ、喋りは下手くそ。みんなが言うような、なんでもかんでもスーパーエリートな雰囲気じゃあないわよ。あれじゃ、A級じゃなくてB級ね。なに?エーキューじゃなくて、ビーキューだっつったのよ!ん?なによ?え?エイキュウキカンの「エイ」って、ABCのAじゃないの?マジ?、、恥っずぅ。」
 少しの静寂は、スベったような空気感にも似ていたが、マドモアゼルには絶好のチャンス。「じゃ!」と言ってヒラリと背中を見せる。そして、大挙する記者の群れを薙ぎ払って、得意のロングストライドで走っていった。ちょうど向こう岸の港で花火が鳴り始めた、その隙を狙ったドロンだった。
「ごめんなさーい。ホテルで親友がパエリア作ってんのー。熱いうちに食べなきゃ、命の保証は、なーいーかーらーさー。」
 前の街でようやく仲直りしたマドモアゼルとそのベストフレンド。2人で世界を転々とし始めて、ここでかれこれ、34番目の国、75番目の街となる。

 ところで、『永久機関』に出会ったマドモアゼルは新たな悩みと格闘していた。どんなことを考えても成功の方程式がすぐに分かってしまうのだ。ありとあらゆる金儲けを思いついてしまうし、ニュースやなんやらでたまに見る国際会議の議題なんか、最初の3文字を聞いただけで答えがわかってしまう。けれどマドモアゼルがそれを実行することは決してなかった(多少、Twitterか何かで助言めいた発言をすることはあったが)。
 旅を始める前、マドモアゼルは両手で数えられない数の会社の仕事をフル稼働でこなし、ドライアイで目がパッキンパッキンになってたびたび病院のお世話にもなった。いろんな人に感謝されて、沢山の仲間達は生活水準が2〜3ランク上がったんだけれども、マドモアゼルが思ったようなシアワセの価値観は掴めなかった。解決のスピードを速めたとて、心の安寧は置き去りにされるように思った。

 ベストフレンドはマドモアゼルの葛藤が分かっていたから、永久機関とのエンカウント以降、もっと心の広い、許せる気持ちをより大事にしている。
「パエリア、うまうま!いつのまにこんな、うまうまなパエリアできるようになったのよ!アンビリでバボ!」

 人々は、4畳半で夢を見る。6畳一間で希望を語る。2LDKだと生活の悩みが少し増え、3LDKだとさらにもう少し増える。タワーマンションだと街が遠く見えるし、一軒家では家族であっても通訳が必要だ。豪邸のフランス人形は一度も笑ったことがなく、庭が広ければ広いほど、草花の会話は聞こえない。
 マドモアゼルとベストフレンドにとっては、いつだってアパホテルのツインがちょうどだったし、それ以上でも以下でも2人は2人でいられない。
 頭の中が光速回転し始めたマドモアゼルの心のビートは結局一定のまま、「次はどこの街へ行こうか」と、今日も満点の星空に呟いて眠りにつくのだった。

今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、