別役実「マッチ売りの少女」を読んで

劇作家の高橋です。
今回は日本の不条理演劇の立役者と言われる別役実の初期代表作「マッチ売りの少女」を読みました。四人で役を分けて朗読、70分ほど。
役は初老の男とその妻、そこへやってくる女と、その弟。あとは声だけ出演で市役所の男。
男女二人ずつでやれます。

この戯曲、不条理演劇と言われるだけあって、その場その場の会話は言葉も感情も噛み合っているものの、全体でみると非常に奇妙で、なぜそこに固執するのかと奇異に感じるところが随所にあります。奇妙に表層的なコミュニケーションの世界。

でもその表面上の会話が積み重なる中で、ありえなかったはずの虚構がやがて事実として受け入れられるようになり、登場人物たちはその新しい状況に馴染んでいってしまう。登場人物たちが慣れていくことで、同時に観客である自分もこの強烈な違和感ある世界に慣れていってしまうのが演劇のチカラ。その体験は、自分の持っている固定観念が一部壊れていくほどのパワーを持っているように感じます。

この不条理の持つ構造に乗せて描かれているのは、大きな溝をまたいで並んでいる二つの時代です。食べ物も何もなかった焼け跡の戦後と、そこからわずか30年足らずで高度成長を迎え、大人たちが没個性の中流家庭を必死に作っている、そんな1960年代後半。
戦後7歳だった少女は、「この作品の書かれた1968年」に二十代後半の女となって現れているのです。

飢えの中で必死に生きる戦後と、一億総中流となって定められた価値観の中に安穏と生きる60年後半。この相入れがたい二つの価値観の世界に大人として両方またがって生きる初老の夫婦に対して、忘れることを許さない戦後の娘が迫り来る。大迫力。

この相入れない時代の対立を、言葉が通じるようで通じない不条理の関係の中に置くと言う、劇構造を生かして時代の精神を描く壮大な取り組み、、、なのかなあと感じたわけであります。
しばらく別役実さんの作品読み込みます。

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