LIFE IS NOVEL 36

失くしてはじめて、大切さに気づく。
それは本当に違いない。

たった一週間前まで僕は、かつての僕は眼の前の家で日々を過ごしていた。
毎朝目を覚まし、食事を取り、風呂に入り、家族と過ごしていた。
家を手に入れるまでには、それなりの苦労をした。
妻との距離感にも自分なりに気を遣っていた。
子どもたちへも、愛情をかけてきた。
将来困ることのないように、時には厳しく躾けることもあった。
一緒に過ごす時間は短かったが、確かにこの家は家族の象徴だった。

帰るべき場所があるという事実は、それだけで幸せなことなのだろう。
すべてが満たされていないとしても、積み重ねた時間が作り上げる絆はあるはずだ。
妻を愛していたし、子どもたちに愛情を惜しむことはなかった。
自分の良いとは言えない性格を自覚していた。
自覚していたからこそ、家族だけは守りたかった。その覚悟で日々を過ごしていた。
どれだけ後ろ指をさされようが、批判を受けようが、恨まれても構わなかった。
それが救いであると知っていた。

そのはずだった。

週末の団らんを過ごす家々が並ぶ中、我が家だけが浮いている。
生気を感じない、ずっと昔から空き家だったかのように、色も音も失っていた。

かつての僕が住んでいた家を眺めながら、思いを巡らす。
良い日も悪い日もあった。
笑い合うばかりではなかったが、泣いて過ごす日も、怒り続けたこともなかった。
この家の中でだけは、人並みの幸せを実現できていた、はずだった。

しかし、僕に感想はない。
今の僕にとっては所詮他人事だからだろうか。
家族を失う不幸などこれまで何十回と経験してきたからだろうか。
眺める建物は単なる空き家であって、幸せも不幸も我が身のことではなかった。
悲しくはあったが喪失感はなかった。

つまりは、これが現実だった。これが、自分というものだと確認した。
思い出はいつも誰かのもので、僕のものではないことを確認した。

そしてやっと涙が流れた。

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