LIFE IS NOVEL #21

時間はいつの間にか13時を回っていた。

「それでですね。ケンコーくん。
 そろそろ私の本日の目的をすませたいと思うのですが。」
テーブルの上には2種類のケーキが半分ずつ、2つの皿の上に乗せられていた。それをフォークで指しながら、カノウさんは尋ねてきた。
「あなたの状況って、このケーキと似てると思いませんか?」
 半分は、ケンコーさんで、もう半分はシンドウさん。
 二人の人物の意識がその体の中に存在しているイメージですよね。」

唐突な質問ではあったが、それに対する答えは明確だった。
「その例えは、違うよ。二人の人間の意識や人格は混ざり合っているから。
 しいて言えば、こっちの方が例えとしては正しいよ。」
僕は、コーヒーを指で示して言った。
そして、続けてミルクをコーヒーに注いだ。
「ミルクを入れてすぐは、まだコーヒーとは混ざりきっていないけど、
 しばらく経つと混ざり合って境目はなくなる。
 今の僕はすでに、これに近い状態だ。」
カップの中では、黒い麺上に白くマーブル模様が描かれていたが、
だんだんと滲んでいき、コーヒーは色を変えていった。

「つまり、ケンコーさんの中にシンドウさんが入ってから、すでに5日。
 今の時点で、人格は統合しつつあるということですか。」
「もっと正確にいえば、僕のほとんどはウラベタケヤスだよ。
 シンドウシンタロウとしての記憶、知識、経験はまだ残っているけど、
 それは次第におぼろげになってきてる。
 忘れないように手は打っているけれどね。」
「では、いつごろまで記憶は認識できるのですか?
 何日目まで、ミルクは存在を残していられますか?」

「そうだな…長くて1週間、短ければ3日間で元の人格は消えると思う。」
「そんなに差があるものですか?」
「ああ、移動した先の人間によってかなりの違いがある。
 その人の正確として自意識が強かったり、忘れられない濃厚な記憶や経験
 の持ち主の場合は、ものの数日で前の人格や性格はほとんどなくなってし
 まう。」
僕はコーヒーをかき混ぜながら言った。

「その後は前の記憶はどうなるんですか。
 完全に忘れてしまうわけではないんですよね。
 記憶が完全に消えてしまうのであれば、あなた自身、その能力を持ってい
 ることを認識できないははずです。」
「そう、完全に忘れるわけではないよ。
 君も子供のころを思い出す時、忘れられない強い記憶もあれば、ぼんやり
 とした記憶もあるだろう。
 そんな感じだ。
 …いや、記憶というよりはもう少し、「知識」とか「間接的にした経験」
 に近い。
 自分ではないけど、存在した誰かの経験を知っているという感覚。
 例えて言えば、そう、小説を読んでその登場人物になったような気分、
 といった方が理解しやすいと思う。」

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