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「正義の教室」を読んで

ライトノベルな文体で、ヘビーな内容を分かりやすく書いている良書。

男子高校生、正義(まさよし)の一人称で、倫理の授業を舞台に、思想の違いがそのままキャラクターの個性となっている、三人の女子高生と「正義」について学んでいく過程を描いている。

人間が持つ3種類の『正義の判断基準』、それは『平等、自由、宗教』の3つ
飲茶. 正義の教室 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.398-399). Kindle 版.
「さて。では、その3種類……『平等、自由、宗教』。これらの判断基準によってなされる行為が、なぜ『正義』だと言えるのか。それは、それぞれの逆を考えてみればわかりやすいだろう。たとえば、平等の逆、すなわち、不平等。これは普通に考えて悪いことだと言えるはずだ」
飲茶. 正義の教室 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.408-410). Kindle 版.
つまり、正しさの存在自体をどんなに疑おうと、『その疑いを正しいと思っている自分の存在』だけは決して疑えないのだ。このことは、すわなち、我々が『正しい』という概念からは決して逃れられないことを意味する。そうである以上、我々は『正しさ』に無自覚であってはならない。自分が何を正しいと思っている人間なのか……、何を正義だと思っている人間なのか……、自分の考え方の基盤、すなわち、『正しさの基準』を、我々はもっとよく知らなくてはならないのだ。
飲茶. 正義の教室 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.506-510). Kindle 版.
そもそも、法とは『社会全体の幸福の量を増やす』もしくは『不幸の量を減らす』ためにこそ存在するのであり、それを達成できる法だけが、法として正しいのだと言える。功利主義の考え方を用いれば、このようにひとつひとつの法の根拠を明らかにできるわけだ。

 ベンサムの功利主義へと入る。

この本の特徴の一つとして、その人物像にも触れるところがある。

ひちすら家に閉じこもり、思索に耽っていたとは知らなかったし、ベンサムのミイラ がロンドン大学にあることも知らなかった。

「どういう関係どころか、そのものです。そもそも功利主義とは、本質的にパターナリズム、おせっかい主義であり、パターナリズムの問題を元々はらんでいるのです」
『平等の正義』を実現するには、どうしても強権と抑圧が必要になってしまうからなのです

 ロールズに入り、格差原理も出てくる。

しかし、にもかかわらず、これを自由主義と呼ぶのはなぜか?それは富裕層の持っているお金を不遇な人たちに分配することは、『不遇な人たちが社会の中で自由に生きられるよう保証する』ことにつながると言えるからだ。だから、それゆえに、これを自由主義と称する。
弱者に優しい福祉社会を作る考え方がリベラリズムであり、弱肉強食の自由競争を推進する考え方がリバタリアニズムである。

 強い自由主義と弱い自由主義の違いは自由の尊重度だというのも分かりやすい。

『自由を守ることは、結果にかかわらず、正義であり、自由を奪うことは、結果にかかわらず、悪である』
功利主義→全体の幸せを重視→個人に強制する             自由主義→個人の権利を重視→個人に強制しない

功利主義対自由主義から哲学の入り口へ。

・平等の正義。功利主義。最大多数の最大幸福。ベンサム。快楽計算。  ・自由の正義。自由主義。弱い自由主義と強い自由主義。愚行権。   ・宗教の正義。直観主義。枠の外側。イデア論。ソクラテスとニーチェ。
飲茶. 正義の教室 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.3480-3482). Kindle 版.

構造主義へ。

「仮にここにコップがあり、そこに水を注いだとしよう。すると、水はこのコップの形になるわけだが……もしかしたら、水はこう言うかもしれない。『僕は自分の意志でこの形になったのだ』と。だが、それは幻想であり、事実は『たまたまコップがそういう構造をしていたから』にすぎない。
飲茶. 正義の教室 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.3566-3569). Kindle 版.

 ポスト構造主義とは。

それは構造主義の次の時代の哲学者たちが、『構造主義を乗り越えようとしながらも、結局は構造主義から抜け出せず、しかも批判するばっかりで、自分自身で新しい哲学体系をまったく生み出せなかったから』だと言える」
飲茶. 正義の教室 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.3578-3580). Kindle 版.

 功利主義を入り口に、自由主義を対置して、実存主義からポスト構造主義まで収めているが、全体量として功利主義に多く割かれている感がする。マイケル・サンデルの「これからの「正義」の話をしよう」と「公共哲学」なども読んだが、功利主義はあまり深堀りしていなかったように思う。

 功利主義は一見、これぞ「正解」と思わせる入り口から、その思想の行き着く怖さを知らしめるには、このくらいの分量を割いたほうが、その後の思想も分かりやすくなるというか、一つの思想に凝り固まることとはどういうことなのかが理解できると思う。

 はじめはライトノベルな文体が好みではなかったが、高校生たちの真摯な姿とその登場人物のバックグラウンドで重みを加味している。このバックグラウンドもその人の思想を理解する上でも大事なことだということを表しているのではないか。だから思想家たちの人物像も併記したのではないかと思う。なぜその人はそのような主張をするのか、その背景までも思いを馳せて、理解していくべきなのでは。

 そしてなにより分かりやすいし、知識としてはこれでも十分ではないかと思う。なので、社会学、倫理学、哲学の入門書として、登場人物の年代である高校生から「正義」に興味ある方におすすめしたい一冊だ。

正義の教室 善く生きるための哲学入門

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