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『けものフレンズR とものいえ』論評

あまりにも感激してしまい、すぐには語ることができない作品が時々あります。
しかし、少し時間を経て落ち着いて魅力を伝えられる。
僕にとっては『けものフレンズR とものいえ』が当てはまります。

今回は、この作品を広めるための記事です。

『けものフレンズR とものいえ』とは

『けものフレンズR とものいえ』(以下『とものいえ』)は、漫画作品。
作者は、あおむし太郎さん。
https://twitter.com/aomushi_taro

アニメ『けものフレンズ2』の二次創作であり、同時に「けものフレンズR」の作品でもある。

Rと『けもフレ2』をめぐる諸事情はさておき。
この作品は現在pixivニコニコ漫画で読むことが出来ます。
現在3話まで進んでいて(おまけの3.1話もあります)、序盤の大きな山場を越えた所です。
https://www.pixiv.net/user/10246938/series/85027
https://seiga.nicovideo.jp/comic/43953

『とものいえ』は、アニメ『けもフレ2』9話「おうちにおかえり」から続くifストーリー
アニメ未見の方に抑えていてほしいのは、

・フレンズのイエイヌちゃんは「ヒトの御主人様」をずっと待ち続けているが、もはや疲れ果てて絶望しかけていること

・イエイヌちゃんはヒトの子ども「キュルル」と遊ぶことが出来たが、その子を襲ったアムールトラ(ビースト)という強大なフレンズと対峙し大怪我を負う。
キュルル及び彼の仲間たちとも別れ、再び一人きりになったこと

この2点が分かっていれば大丈夫です。
(もちろんアニメ本編を観てからが一番ですが、『けもフレ2』自体を観たくない人も多いでしょうから)

『とものいえ』は1話で、傷ついたイエイヌが自分の家に帰ってきてから謎のヒト・ともえちゃんに出会うまでを丹念に描きます。
キュルルに飲んでもらえなかった紅茶を片付け、傷だらけでベッドに入ろうとするが、シーツを掴む力さえ絞り出せないイエイヌちゃん。
そのまま沈み込むように眠りに落ち、彼女は夢を見ます。

ジャパリパーク最後の日と思われる夢の中で、イエイヌちゃんは誰かに運ばれ、身支度を整えてもらう。
そこで目が覚めた時、家の中には一人の女の子がいた。
ともえちゃんです。

ともえちゃんは記憶喪失の子ですが、手にしていたスケッチブックに描かれていた絵を頼りに、イエイヌちゃんの家にやって来ました。
再びヒトに出会えて狂喜乱舞するイエイヌちゃんと、彼女のテンションの高さに驚きつつも一緒に遊ぶともえちゃん。
二人は日が暮れるまで遊んだ後、ようやく眠りにつきます。

さて、ここまでの1話に、既に『とものいえ』の美しさが多く詰まっています。
可能であれば全話詳細に教えたいところですが、僕が特にこの作品で感じた魅力は

①イエイヌちゃんの境遇と、背景の描き込みの対比
②「寄り添う存在」としてのともえちゃん

にあると考えています。


美しい風景とイエイヌちゃんの境遇


作品の1つ目の魅力。

①イエイヌちゃんの境遇と、背景の描き込みの対比


については、1話の冒頭を見てほしい。

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細密に描かれた、夕焼けの美しい背景。
超ロング・ショット~ロング・ショットで撮られたカットです。
ジャン・ジロー(メビウス)や大友克洋作品を思わせる空気感がありますが、この風景には、硬質な印象がある。

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それに対するイエイヌちゃんは丸みを帯びたデザインであり、柔らかさやふわふわ感がある。

この対比は、僕に安定さよりも不安定さを感じさせる。
なぜなら、この時のイエイヌちゃんはビーストに負け、キュルル一行と別れ、再び一人になった。
イエイヌちゃんが希望をふくらませて「次こそは御主人様に出会えればいいな」と思っていても、その時はすぐにはやって来ない。

その時が来るまで、あと何年、いや何十年待てばいいのか?

その間も、パークは変わらず、世界は変わらず、固くそこにあり続ける。
あり続ける世界の中に、変わらない世界の中に、定かならぬイエイヌちゃんは居なければならない。

美しい風景だが、見える世界は心象によって変化する。
この時のイエイヌちゃんにとっては「美しい世界」だろうか?


――僕には、そう思えたのです。

あおむし太郎さんの意図と、僕の読み方はおそらく違うでしょう。
しかし、『とものいえ』では優れた/細密な背景と、キャラクターの線の柔らかさの対比によって、こうした読み方=楽しみ方をもたらしてくれると僕は考えています。

そして運命の残酷さ/イエイヌちゃんの境遇を慮ってこそ、ともえちゃんと出会えたことの感激が増すのではないかと思うのです。


ともえちゃんがいるという希望


さて、作品の2つ目の魅力

②「寄り添う存在」としてのともえちゃん

について。
これが特に素晴らしいのは、1話終盤。
ともえちゃんとイエイヌちゃんが抱き合って眠る前の会話。
ここでは2ページにわたって、同じアングルで撮られているイメージ=長回しカットのようになっています。

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読者である私達は、二人のほのぼのとしたやり取りを見てから、静まった空気の中でともえちゃんからイエイヌちゃんへ掛ける問いかけをじっと見守る。

ここには、ともえちゃんがイエイヌちゃんの心に触れる瞬間がある。
そして、二人が抱き合うべき理由があります。


――寄り添うとはなにか?
ただ話を聞いていれば良い訳ではなく、傷ついた者の心にそっと触れる瞬間がなければならない。
ともえちゃんが真に「寄り添う存在」であるのは、こうしてイエイヌちゃんの本音を引き出し抱きしめることが出来るからです。

有りていな言い方になってしまいますが、ともえちゃんこそは「イエイヌちゃんにとっての希望そのもの」です。

いつまでも帰らぬ御主人様を待ち続けることに疲れているイエイヌちゃんを抱きしめるのは、他でもないともえちゃんでなければならないのです。

この3ページにわたる美しい場面を経て、1話は幕を閉じます。


『とものいえ』を読むべき理由


続く2話から3話までの流れは

・イエイヌちゃんからパーク内にいるとされるヒト「かばんさん」の存在を聞いたともえちゃんが、彼女に会いに行こうと考える

・イエイヌちゃんはお留守番ではなく、ともえちゃんと行きたいと決意し、2人は研究所に向かう

・研究所への道すがら、海に出た2人は砂浜から倒壊したジャパリホテルを目撃する。そこで「思いがけないフレンズ」と出会い…

となります。

今回1話のみで作品の魅力を語ったのは、『とものいえ』は1話から間違いなく傑作であり、1話から引き込まれた人ならば自然に続きを読み始めると思ったからです。

あおむし太郎さんの作風についても、1話で既に大きく確立されている。
2話以降も、細密な背景の描き込みや、ともえちゃんやイエイヌちゃんの表情豊かで愛らしい動きが楽しめます。

なので、この後に続く2話~3話は、ぜひ皆さんご自身で確かめてほしい。

そして、できればこの作品を「Rだから…」などと敬遠しないでほしい。

この作品には、ともえちゃんとイエイヌちゃんが抱きしめ合うべき理由が、きちんと存在します。

『けもフレ2』では、イエイヌちゃんが傷ついた後に誰も助けることは無かった。
それは彼女が強がっていたから/キュルル一行の旅を止めないため、といった物語上の理由はあったにせよ、ボロボロにされた彼女の姿を見て心が傷ついた視聴者が多かったことは確かです。

『とものいえ』は、「けものフレンズR」そして「ともえちゃん」という存在によって、イエイヌちゃんにもスポットライトを当ててあげた。

そしてイエイヌちゃんには、抱きしめるための存在としてのともえちゃんが必要である。


この作品には「主役ではない者たちのおはなし」というキャッチフレーズがついているのはこのためであろうと、僕は考えています。
『けものフレンズ2』において主役ではなかった者たちは、『とものいえ』で躍動することを期待されているのです。

皆さんも、ぜひ『とものいえ』を読んでみてください。
4話を絶賛準備中であろう作者のあおむし太郎さんにも、感想と激励の言葉をお願いします!

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