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知財業界での教育(弁理士の日記念ブログ企画2024)

ドクガクさん企画の弁理士の日特集、今年のテーマは「知財業界での教育」です。

1. はじめに

新卒で入った大企業の知財部で3年半、転職した特許事務所で3年半、知財パーソンとしての教育を受けてきました。現在は独立して若手の教育をたまにやってます*。
今までの経験を振り返り、実際に受けた教育内容、そして教育する立場になったときに気をつけていることについてお伝えしようと思います。

2. 企業での教育

規模や業界によって様々ですが、私がいた企業はいわゆる大企業であり、教育体制がバッチリ整っておりました。知財部に配属直後の教育は主に以下の通りです。

  • 座学:他グループの先輩が講師を務め、主に特許法について学ぶ

  • OJT:同じグループの先輩がメンターとなり、実際の仕事を学ぶ

  • その他:自社製品/他社製品についての勉強会等

私の場合は学生時代に弁理士試験に合格していたので、座学は余裕でした。ところが、OJTは別で、初めて開発部門との特許面談に同席したときには、そもそも技術の内容が理解できず、全くついていけませんでした。
そこで、自社製品/他社製品についての勉強会に参加したり、自社の過去特許公報を読み込む等、技術の勉強に注力しました。そのおかげで半年後くらいには割と話についていけるようになりました。

しかし、知財部配属の約半年後に組織改編があり、OJTのメンターと別のグループになってしまいました。同期入社のメンバーはまだOJTが継続していたのですが、私の場合は新たなグループではいきなりOJTから外れてしまいました。これはマズイ!と思ったのですが、逆に同じグループの複数の先輩に話を聞きまくれるチャンスでもあると思い、いろんな人に相談しまくることにより、技術理解を深めていきました。

改めて振り返ると、やはり最初のOJTが大きく、メンターから実務だけでなく心構えまで学ぶことができたのがありがたかったです。特に記憶に残っているのは、OAの内容がいまいちだったとき、メンターに「この審査官ぜんぜんわかってないですわ全く!」と言ったところ、「たしかにそうかもしれない。でも、審査官に伝わるようにクレームを書けていなかったともいえる。うまくいくかどうか、全ての責任は自分にあるんだよ。」と言われ、猛烈に恥ずかしくなったことです。その後はこの言葉を胸に刻み、他責思考をしないようにマインドをガラッと切り替えることができました。

3. 事務所での教育

その後、中規模の特許事務所に移り、上司に案件の指導をしていただきました。中規模の事務所ですのでシステマチックな教育体制はなく、上司からOJTっぽく教えてもらう感じでした。
知財部時代には明細書チェックや補正案の検討等はある程度できるようになっていましたが、自分で一から明細書を書いたことはなかったので、明細書作成はここで学びました。
最初は上司の書いた過去の明細書をいっぱい読んで、ストーリーの流れ、記載する内容、薄く流すところと厚く書くところのバランス、好み、クセ等を分析しました。
”学ぶは真似る”と言いますが、最初は上司の仕事を真似るところから始めました。そうしているうちに、「なんでこんな記載をするんや?」「この数値列挙は何を意図してるんやろう?」という疑問が生まれ、その都度上司に質問していました。
上司は毎回すごく丁寧に回答してくれ、それを繰り返すうちに明細書が書けるようになりました。
改めて思い返しても、そのときの上司はめちゃくちゃ優秀で天才的な実務能力を持っていたので、その人に教えてもらえたことが得難い経験となりました、ほんとに感謝です。

4. 教育で重要なこと

さて、現在は弁理士法人IPXの共同代表となり、若手の書類チェックや面談同席をすることがあります。
個人的に重要視しているのは、知財業務に関する実務の指導以上に、”汎用性の高い考え方、論理的思考力”を高めてもらうことです。
例えば、OAへの応答案を考えるときに、論理的思考力が足りない人の場合、審査官の意図を深く検討する前に、あるいは検討しても深い理解までたどり着く前に、審査基準、判例、そして他の実務家のブログに書いていたテクニックやトレンドに飛びついてしまうことがあります。
最近ですと「容易の容易」が注目されていましたが、「容易の容易」の理屈を理解している人がこれを使う場合には反論の際に威力を発揮するものの、初学者が形だけ真似して「容易の容易」理論で意見書を作成したとしても、大方失敗するでしょう。「除くクレーム」も同様です。

そうではなく、このような高度なテクニックに飛びつく前に、まずは汎用性の高い論理的思考力を鍛えるべきです。この力がつくと、そもそも審査基準や流行りのテクニックに頼ることなく、真正面から審査官の主張に対して反論することができるようになります。
それでも難しい場合には何かしらのテクニックを使えばよいかもしれませんが、それらのテクニックを学ぶのは”汎用性の高い論理歴思考力”を鍛えてからで十分です。

ですので、私が従業員の案件をチェックする場合、トレンドのテクニックについては一切話さず、知財法を一切知らない人でも理解できるような反論ロジックについて助言するように心がけております。

5. 弁理士法人IPXの教育体制

最後に、参考までに当所の教育体制について書かせていただきます。

  • 入所前または入所直後:所内の明細書作成ルール等について、IPX名義の特許明細書を用いたレクチャー動画で予習する

  • 入所時~数ヶ月(最大1年くらい):代表弁理士COO/CTOの奥村がついて細かく指導する

  • 次のステップ:奥村個別指導から外れ、奥村以外の経験者を含めて複数の人に案件チェックしてもらう

  • その後:独り立ち

  • その他:特許の鉄人を参考に、「リアルタイムクレームドラフティング」を定期的に開催

このように、なるべく早く独り立ちできるよう、教育体制を充実させています。さらに、リモートワークでも同僚に気軽に相談できるよう、バーチャルオフィスを構築し、いつでもそこで会話によるコミュニケーションが可能な環境を構築しています。

6. おわりに

企業でも事務所でも、経験の浅い人に対して充実した教育環境を提供することは、今後は雇用者にとって義務に近くなると思っており、これができないと優秀な人材が自社に来てくれなくなるでしょう。
一方で、「教育システムが整っているところでないと転職が怖い!」という人は機会損失をしている可能性があることも理解しましょう。
もちろん経験が浅い状態では教育システムが整っているに越したことはないのですが、「教育システムばっちりです!」と謳いながらも入社してみるとイマイチなこともあります。逆に、「教育システムなんてありません!」というところでも、OJTを努めてくれるメンターが天才的な実力者であり、教え方も抜群に上手である可能性もありまます。
「教育システムが整っているところでないと転職が怖い!」のは理解できますが、あくまで成長するのは自分自信です。「教育システムがあろうがなかろうが、自分で貪欲に学んで成長するぞ!」という気概がある人はどんどん成長し、教育システム頼りの人(≒他責思考の人)はある程度までは成長できるかもしれませんが、突き抜けたレベルまでいくのは難しいでしょう。

ですので、雇用者としては最大限の教育システムを構築し、被雇用者としてはそれらのシステムが整っているところを就職先(転職先)候補としながらも、「教育システムが不発であってもなんとか頑張ろう!」という気持ちで学んでいただけると、優秀な人材が増え、知財業界が活性化し、ひいては国力増強に資するものと思います。


* 共同経営者の奥村が主に教育担当なので、私はスポット的に若手の案件チェックやアドバイスをする程度です




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