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息子の卒業と僕の石ころ

昨日、息子が高校を卒業した。

今年の大学受験は、入学定員充足率が1.1倍を越えると私学助成金が交付されない、いわゆる定員厳格化の影響で、例えばGMARCHの定員は三年前に比べて各校軒並み2,000人から3,000人減った。生徒の首都圏集中を避けるための措置とはいえ、受験生には酷な状況が続いている。

という中、どうなることかとハラハラしつつも息子の大学受験は終了。掛けた時間と労力に比して「燃費がいい」、とは本人の弁だが、一定の成果を勝ち取る結果となり、晴々とした気持ちで卒業式に参列できた。

ぼちぼち受験ムードが高まってきた昨年末。しかしこれっぽっちも勉強を教えられない僕は、せめてもの思いで、ある日こんな願掛けをした。それは、ワンコの散歩に行くたびに、「多摩川の土手に埋まっている石を一個掘り出す」という、自分で振り返っても意味不明な願掛けだった。

年明け、スロースターターの息子もさすがにエンジンが掛かってきて、毎日長時間勉強するモードに入った。で、僕は、暇を見つけてはワンコの散歩に行く。多摩川を歩き、気になった石を見つけ、そしてつま先で掘り出すために。
「もし掘り出せなかったら、どこの大学にも受からない!」
という謎の自分ルールを作って。

所詮は人が行きかう土手。一見踏み固められ無理そうに思える獲物も、それほどの歯ごたえはなく毎度順調に掘り出せた。

そんなある日、丸子橋をぐるっと回って多摩川の土手に入り、いつものようにつらつら歩いていると、地上にちょっとだけ顔を覗かせている石が目に入った。

今日の相手はコイツにしよう、とつま先でつんつんと蹴り出す。
しかしこれが、ピクリとも動かない。しばらく蹴っても動かない。色んな角度から蹴っても動かない。
ちょっとドキドキしつつ、らちがあかないので辺りを見回すと、バラバラに壊れたビニール傘が落ちていた。
その傘に残っていたホネを一本むしり取り、化石発掘がごとく石の輪郭をガリガリと掘ってみる。
掘ってみては蹴ってみる。
しかしこれがなかなかに手ごわい。相変わらずほとんど動かない。
真冬なのに、背筋を落ちる一筋の汗。
「掘り出せなかったらどこの大学にも受からない」
重く圧し掛かる謎ルール。

たまに通りがかる人は、土手に座り込んで何かを掘り起こしている中年男性を不思議な眼差しで見たり見なかったりする。
僕は、
「こんな石が埋まってたら危ないネー」
と、怪しさの理由をワンコに話しかけることで周囲に喧伝するという手法で、オブラートに包もうとする。
それにしても、ビニール傘のホネは、思っていたよりも脆い。
発掘に大した進展を与えず、ぐにゃぐにゃに曲がってしまった。

このままでは、息子はどこの大学にも合格しない(→なんで?)
僕は思い切って、一旦ワンコを抱えて家に帰ることにした。
家に帰り、秘密兵器「スコップ1号」を手にし、またワンコとともに現場へと舞い戻る。

スコップはすごい。
あれほどその姿を露わにすることを嫌がった石が、観念してグラグラと弱音を吐き始めた。
そして、無事発掘!

空いた穴を別の土で埋め、出所不明な達成感を心に、帰途に着いた。ヘンな角度で地中に埋まり、掘り出されることを極限まで拒んだこの好敵手は、今でも家の裏手に置いてある。

今年の大学受験は大変だった。全国の受験生諸君、ご苦労様でした。もちろん一番大変なのは子供達だが、親もなかなかに大変だということが分かった。そして今回得たノウハウを、再来年に受験がやってくる娘に活用しようと思いきや、そのタイミングで施される入試改革…。トホホ。

思い返せば、中学受験では第1第2志望だった男子校に落ち、それまでまったく検討もしていなかった大学付属の共学校に進学した息子。結局は、適当にやっても成績は真ん中より上、という環境が良かったのか、のびのびと6年間を過ごした模様。
「学校に女子がいないとか考えられない」
ま、そうだよな。

そうして息子は、付属の大学に上がることはせず、一般受験に挑んだ。テストの連戦は、応援しかできない身にとってはなかなかに歯痒いものではあったが、その試練は確実に彼を鍛え、逞しくした。男子、三日合わざれば刮目して見よ、とはよく言ったものだ。何かに立ち向かうことでしか人は成長しないのだ、ということを、改めて彼に教えてもらった。

6年という時間は、終わってみればあっという間だった。卒業アルバムを見せてもらったが、当たり前だか、そのほとんどが僕の知らない、彼の時間だった。それは紛れも無い彼の「現在」であり、かつて僕も通った「過去」でもあった。愛おしく、懐かしく、そして寂しい。

衣食住、そして学。学ぶことの喜びを知っている彼には、この先多分もう、楽しいことしかないだろう。それでももし、しんどい事があったら思い出せ。人知れず、意味なくどこかで石を掘り起こしている男がいることを。

海依、高校卒業おめでとう!


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