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DFFT :データ覇権に対抗する日本のデジタル大戦略の全貌(2)競争法戦略

この記事は、データ覇権に対抗する日本の大戦略「DFFT」について、デジタルプラットフォームというビジネスモデルに対するルールチェンジに向けた日本の制度改革に着目して解説しています。

第1回目の記事「DFFT:データ覇権に対抗する日本のデジタル大戦略の全貌(1)地政学的意義」はこちら

デジタル時代における競争性の確保

インターネットにおけるプラットフォーマーのデータ覇権は、クラウドコンピューティングの発展とスマートフォンの登場により、個人が持ち運ぶ端末から発せられるデータをクラウドサイドで大量報処理して、これを端末にフィードバックするということが容易にできるようになったことにより加速しました。アプリやデータを容易に連携するAPIは、プラットフォーマーが提供する基幹アプリやソリューションを他社サービスを通じて拡散させることで、プラットフォーマーによるデータビジネスにおける優位性をますます高めたということができます。

ビッグデータのもつ4Vともいわれる特性から、人々の生活を便利にするタッチポイントを押さえたプラットフォーマーは、そのタッチポイントから取得することができるデータを最大限活用して、他社が真似をできないサービスを創出し、高いシェアを獲得していきます。そして、プラットフォーマーは、マザー市場での高いシェアをレバレッジして、別の部門でも再びタッチポイントを獲得するサービスを展開すると、その部門の競合は、プラットフォーマーが獲得しているマザー市場における圧倒的に便利なサービスを持っていないため、構造的に競争上の劣位に置かれており、その部門で負けてしまいます

たとえば、検索の領域で消費者とのタッチポイントを獲得し、高いシェアを持ったデジタルプラットフォーマーがいたとします。このプラットフォーマーが、これまで一切シェアを持っていなかったヘルスケア領域で、タッチポイントを獲得しつつある企業を買収したとします。ヘルスケア領域には、有力な事業者が存在し、既存の業界構造の中で一定の競争力を保っているわけですが、こうした事業者は往々にしてデジタルを中心とした事業の転換が十分に進んでいません。既存ビジネスが確立し、そのなかで収益を上げていっているため、デジタルトランスフォーメーションが遅れてしまうためです。

そうしますと、既に検索分野でユーザを大量に獲得し、ユーザに関する行動データを保有、分析可能なデジタルプラットフォーマーは、その地位を活用して、デジタルヘルスケアというパラダイムでヘルスケア領域のサービスを展開します。こうした新しい価値の提供に対して、既存のヘルスケア事業者は十分に競争することができず、競争に敗れてしまうということが起こります。

上記の例で、こうした検索分野のプラットフォーマーによる競争戦略は、それ自体は何ら責められるべきものではありません。イノベーションはまさにこうした形で起こるものであり、それが消費者利便につながるサービスを生むのであれば、プラットフォーマーによる新規分野の進出は、歓迎されこそされ、非難されるべきことではないはずであります。

裏から言うと、デジタル時代における競争がまっとうに成立するためには、まずはデジタルプラットフォーマーが異業種進出をしたときにコンペティターとなるはずの、既存業種の事業者がまずもってデジタルトランスフォーメーションを早期に実現し、デジタルプラットフォーマーと競争することができるように自らを進化させることが必要です。こうした資本主義のルールに従った既存業種のまっとうな努力なく、デジタルプラットフォーマーによるフィジカルビジネスの席巻のリスクばかりを強調して、デジタルプラットフォーマーを規制するべきだという論調は、間違っていると思います

このような総論的な評価を大前提として、一方において公正な競争条件の確保という観点から、フェアな競争方法ではないというものがあるとすれば、その点においてデジタルプラットフォーマーの競争方法は是正される必要があることになります。

データを取り巻くビジネスのフェアな競争条件を確保するための視点

データの活用がカギを握るデジタルビジネスにおいて、他分野で築いたタッチポイントから得られる大量のデータとその分析が可能なデジタルプラットフォーマーが、新たな分野に参入してくる際に、その分野の既存事業者との競争のフェアネスを確保するにあたり、デジタルプラットフォーマーがやってはいけない不公正な行為とはなにか、というのがここでのアジェンダの1つ目となります。

この点、日本は昨年末に「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」(企業結合ガイドライン)を改訂し、デジタルプラットフォーマーが持つ直接的・間接的ネットワーク効果を悪用した競争制限的効果を持つ企業結合や、垂直的企業結合に際してデータの優位性を悪用した川下市場または川上市場での反競争的な投入物閉鎖(input foreclosure)や顧客閉鎖(customer foreclosure)などが起こることについて明記したうえで、こうした競争制限的な効果を持つ企業結合を牽制する姿勢を明らかにしています。また、これまで独禁法の手が及びにくかったデジタルプラットフォーマーが提供する無償のサービスについても、企業結合による当時会社同士のデータベースを統合する等によって、個人のプライバシーがより侵害されやすくなるということが起こる場合には、これをもってサービスの質が低下するおそれのある企業結合であるとして、独禁法のフレームワークのもとでその問題点を議論する素地を明確化するにいたっています。

2つ目には、対消費者取引におけるデジタルプラットフォーマーの取引についての独禁法上の規律を明確化したことです(「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」)。デジタルプラットフォーマーは、消費者に対してタダでサービスを提供することの見返りとして、消費者から行動データをもらうという「取引」をしています。デジタルプラットフォーマーが、この対消費者取引において、その優越的な地位を利用して、正常な商慣行に照らして不当に取引の相手である消費者に不利益を与えることは、その取引の相手である消費者の自由で自主的な判断による取引を妨害する行為として独禁法上の問題(優越的地位の濫用)があることを明らかにしました。また、このような優越的地位の濫用は、デジタルプラットフォーマーの競合との関係でも、自らを競争上有利な地位に置くものとして、競争阻害的な効果をもたらします。

プライバシーが保護されるべき権利であるという前提のもとでは、消費者は本来、自らのプライバシーにかかわる情報を事業者に提供したくないと考えるはずです。しかし、デジタルプラットフォーマーがサービス提供のかわりに一定のプライバシー情報の提供を要求した場合、もし消費者にこのデジタルプラットフォーマーに代わる有力な他のサービス提供者が存在しないのであれば、そのサービスを使うために、自らのプライバシー情報を差し出さなければならないということになります。そのような結果となる行為のうち、不当な不利益を消費者に課すものについては、独禁法違反として取り扱うことで、デジタルプラットフォーマーによる消費者データの取得や利用を牽制しようとしています

「不当」と評価されるものとしては、個人情報保護法に抵触するような行為が挙げられます。しかし競争法の目的は競争上の不正をただすことにあり、個人情報を保護することを直接の目的とするものではありません。逆に言えば、その行為が個人情報保護法に抵触するようなものではなくても、競争法の観点から消費者に対して不当な不利益を課しているものと認められる場合には、独禁法の射程に入ってきます

新しいガイドラインが、個人情報保護法に定められる個人情報に限られず、例えばクッキーなどのデータであっても射程におさめ、また現行の個人情報保護法が十分にカバーできていない、個人情報の利用の場面における不相当な行為についても射程に入れているのは、こうした行為が独禁法の観点から不公正な取引であると見ることができるためです。

以上の2つが独禁法という「大技」を使ってデジタルプラットフォーマーによる反競争的な行為を牽制することで、データを取り巻くビジネスのフェアな競争条件を確保するための方策であるのに対して、3つめは、問題が大きくなる前にデジタルプラットフォーマーが反競争的な行動をとらないよう、正しいビジネスプラクティスを政府とデジタルプラットフォーマーが共に作っていきましょうというアプローチです。

「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(案)」(通称:特定デジタルプラットフォーム取引透明化法)は、類型的に反競争的な効果を持つ取引類型をあらかじめ定めて、これについて問題の発生を未然に防止しようという発想でできており、その位置づけとしては下請法などと同じ発想の法律ということができます。

ただ、変化の速いデジタルの世界では、固いルールを作ってもすぐにビジネスの方が変化してしまいます。これではルールとしての実効性を確保することができません。そこで、取引透明化法は、動きが早い分野における規制手法として有用とされる「共同規制(co-regulation)」というアプローチをとることとしています

共同規制の「共同」とは、規制をする側の政府と規制をされる側の事業者を意味しています。平たく言うと、規制をする側とされる側が、ゴールについての共通の目線を持って、そのゴールを達成するために協調していくという仕組みです。具体的には、政府がゴールに向かうために果たしてほしい着眼点を掲げて、事業者がその着眼点に沿って自らが遵守するルールを制定し、そのルールがきちんと守られていることを政府が確認していくという仕組みが典型的なものになります。政府による一方的な規制ではなく、さりとて法律の執行による担保がない事業者による自主規制でもない「共同規制」は、ルールが陥りがちな硬直性によって時代遅れな法執行になることを避けることで、時代に合った柔軟なルールを事業者に実効的に課す方法ということができます。

取引透明化法は、まさにそのような共同規制の手法を正面から法制度に採用した画期的な規制体系ということになります。

具体的には、今後政府は、事業分野ごとに一定規模以上のデジタルプラットフォーマーを「特定デジタルプラットフォーム提供者」として指定します。指定された事業者は、デジタルプラットフォームの透明性と公正性の自主的な向上に努めることが特に必要な者として、政府に認定されたことになります。特定デジタルプラットフォームは、顧客層が異なる複数のマーケットで同時にサービスを提供し、取引データを活用することで、複数の市場の間に正のフィードバックループを発生させるという基本戦略を持った事業者のなかから、特に重要なプレイヤーが、事業分野ごとに指定されます。

取引透明化法は、特定デジタルプラットフォームに対して、対事業者取引と対消費者取引の両方について、取引条件の透明性を確保するよう、サービスの提供条件の開示を要求しています

デジタルプラットフォーマーによる事業者に対する提供条件の開示が必要な事項は以下のとおりです。
・プラットフォームの提供を拒絶する場合の判断基準
・プラットフォームの提供と抱き合わせて提供するサービスの内容とその理由
・検索順位を決定するにあたっての主要な項目
・プラットフォーマーがデータを取得・利用する場合には、データの内容とその取得・利用条件
・プラットフォーマーから入手できるデータや、これを他者に提供することができるかどうか、またその内容や条件
・事業者がプラットフォーマーに対して苦情申し出や協議の申し入れをする方法
・その他

デジタルプラットフォーマーによる消費者に対する提供条件の開示が必要な事項は以下のとおりです。
・検索順位を決定するにあたっての主要な項目
・プラットフォーマーが消費者から取得するデータの内容と取得・利用条件
・その他

そのほかにも、特定デジタルプラットフォーマーは、取引の相手の利益を損なうおそれがある事項について、その内容や理由などを開示しなければならないことも定められています。

取引透明化法の共同規制は、特定デジタルプラットフォーマーと事業者の間の取引関係の相互理解の促進を図るという名目のもと、経産省が、特定デジタルプラットフォーマーに対して指針を定め、特定デジタルプラットフォーマーが、その指針に基づいて講じた具体的な措置を毎年報告するというサイクルによって行われます。報告を受けた経産省では、その報告書の内容を有識者会合等で検討し、デジタルプラットフォームの透明性と公正性について評価することになっています。

もし特定デジタルプラットフォーマーが十分な措置を講じていない場合には、経産省は勧告をすることができます。また透明性や公正性に問題があると認められる場合には、公正取引委員会に対して措置をとるよう求めることができるものとされています。

このように、取引透明化法は、共同規制という協調アプローチをとることで、スピードの速いデジタルプラットフォーム市場について、その市場やプラットフォーマーの特性に応じた柔軟な規制を行うことを狙っています。他方で、このような協調アプローチは、これに従わなかった場合にしっかりと行政的な執行が講じられなければ、うまく機能しません。特に、遵守しないことの不利益を見積もったうえで、遵守のためのリソースの割り当て量を判断するという欧米的な合理主義の考えを持ったデジタルプラットフォーマーに対しては、遵守をしないことの不利益をしっかりと示さなければ、協調への協力が得られません。

取引透明化法は、協調アプローチの執行力を高めるための仕組みを、公正取引委員会が持つ独禁法の執行の仕組みに依存しているという構成になっています。したがって、取引透明化法の共同規制が目論見通りの効果を発揮するかどうかは、公正取引委員会の独禁法の執行力にかかっているということができます。

そのためには、公正取引委員会自身が、デジタル市場についての知見を高め、デジタル市場における競争阻害的な行為がどのようなものなのかということについて、正しく理解したうえで、独禁法を適用するためのフレームワークをしっかりと持っていなければなりません。先ほどご紹介した独禁法のガイドラインは、まさにそうした枠組みをきちんと公正取引委員会がインストールをしたということを意味します

さらに、公正取引委員会は、今年の4月1日付で「デジタル市場企画室」という新たな部署を設けています。事務局長の談話によりますと、この部署は、デジタル市場についての大規模かつ包括的で徹底した調査を実施することで、デジタル市場の取引実態をさらに把握していくとともに、外部専門家の協力を得て、デジタル分野に関する情報を幅広く収集していく部署であるとされています。また、審査局にデータを分析する新システムを導入することも発表されています

公正取引委員会が、デジタルやネットワークに対する知見を高めていくことによって、独禁法の執行力を高めていくことで、取引透明化法の協調アプローチがしっかりと機能することを期待しています。

第3回 パーソナルデータ保護戦略へつづく



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