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「ち」に飢えるさみしさ─ドラキュラと赤いチョコレート

noteに眠ったままの100本を超える下書きのタイトルを見返した。

書きたいこと、書くべきこと。
書くべきでないこと。
公開のタイミングを逃したもの。

バレンタインデーが近くなったら公開しようと思っていた下書きを見つけた。

『ドラキュラとあかいチョコレート』の話。

娘が幼かった頃、保育園の発表会でドラキュラの話を演じた。血の好きなドラキュラに、「ち」のつくものや赤いものをうさぎたちが差し出す。瀬名恵子(せなけいこ)さんの絵本『ドラキュラーだぞ』を劇に仕立てていた。

保育園の劇ではチャルメララーメンが登場していた。にんにくは入っていないのだろうかと心配になったが、ドラキュラはラーメンにはなびかず、代わりに食いついた餃子ににんにくが入っていて退散した。

「ち」のつく食べものといえば、わたしが真っ先に思い浮かべるのはチョコレート。人間の血の代わりに、名前に「ち」のつくチョコレートを食べて我慢しているドラキュラの話を思いついた。さらに「血の色」のついた真っ赤なチョコレートを求めた結果、楽しくなるラストとひとりぼっちになるラストを考えた。

はるか前に書いた原稿を掘り起こしてnoteに移したとき、「スイート篇」「ビター篇」と名づけた。

しばらくして読み返したとき、ウクライナで起きていることを連想した。

物語を書いたときにはなかった感情が動いた。

劇の上演を控えていた当時、娘はお茶目なドラキュラに夢中になっていた。「ドラキュラさん、おはながすきだったの」と娘が言っていたのは、赤いチューリップのことだった。

その頃の娘と同じくらいの子どもたちがたくさん血を流し、命を落としていた。

ガザが加わり、ラファへ広がり、相変わらず何もできないままの2024年2月。読み返した原稿は、赤の印象がより濃くなっていた。

争うより分け合うほうが楽しい。
ひとり占めはかなしい。さみしい。

そんな甘い話ではないとわかっているけれど。


clubhouseでの朗読と非営利のイベントでの朗読はご自由にどうぞ。

好きな時間に、好きな場所で、好きな作品を読んだり分かち合ったりできるのは平和があってこそ。そのことにも想いを寄せる時間になればうれしいです。

今井雅子作
「ドラキュラとあかいチョコレート」
スイート篇

ドラキュラのだいこうぶつは 
にんげんの「ち」です。

でも なかよしのにんげんの
「ち」をのんでしまうと
にんげんがみるみるよわってしまうので 
なまえに「ち」のつくたべもので
がまんしていました。

あるひ チョコレートをかじりながら 
ドラキュラはかんがえました。

「ち」のいろみたいな 
まっかなチョコレートがあったらな。

さっそくドラキュラは
チョコレートをとかして
まっかないちごをどっさりいれて
かためました。

「いちご」のまんなかに
「ち」がはいっているのも
ドラキュラにはうれしいことでした。

ところが できあがったのは
いちごのつぶつぶのついた
ちゃいろいチョコレートでした。
チョコレートのいろにいちごのいろが
まけてしまったのです。

「ちゃいろ」といういろのなまえに
「ち」ははいっているけれど
みためは「ち」のいろとはおおちがいで
おいしそうではありません。

そこでドラキュラは 
あかいペンキで
チョコレートをぬりました。
こんどは
まっかなチョコレートができました。

でも かじってみると
ペンキのあじしかしません。
みためはおいしそうな
「ち」のいろですが
まずいまずいチョコレートでした。

ドラキュラはかんがえてかんがえて 
いいことをおもいつきました。

まっかなゆうやけのしたでたべれば
ゆうやけのいろが
チョコレートにうつって 
「ち」のいろになるぞ。

おおきなあかいゆうひがしずんだひ
ドラキュラはチョコレートをもって 
おかのうえへいきました。

まっかな「ち」のいろにそまった
チョコレートをたべていると
にんげんのこどもたちがあつまってきて
「チョコレートちょうだいな」
といいました。

ドラキュラは「いいよ」とこたえました。
「ちょうだいな」が
「ち」からはじまるのも
きもちがいいなとおもいました。

ドラキュラはほんのひとかけらしか
たべられませんでした。

それはとてもとてもおいしい 
ひとかけらでした。

みんなでたべたチョコレートは 
ドラキュラがいままでにたべた
どんなチョコレートよりも
チャーミングなあじがしました。

「チャーミング」が
「ち」からはじまるのも
ドラキュラにはうれしいことでした。

今井雅子作
「ドラキュラとあかいチョコレート」
ビター篇

ひとりぼっちのドラキュラがいました。

ドラキュラのだいこうぶつは 
にんげんの「ち」なのですが
なにせひとりぼっちなので 
にんげんの「ち」を
すうことができません。

しかたなく 
なまえに「ち」のつくたべもので
がまんしていました。

あるひ チョコレートをかじりながら 
ドラキュラはかんがえました。

「ち」のいろみたいな 
まっかなチョコレートがあったらな。

さっそくドラキュラは
チョコレートをとかして
まっかないちごをどっさりいれて
かためました。
「いちご」のまんなかに
「ち」がはいっているのも
ドラキュラにはうれしいことでした。

ところが できあがったのは
いちごのつぶつぶのついた
ちゃいろいチョコレートでした。
チョコレートのいろにいちごのいろが
まけてしまったのです。

「ちゃいろ」といういろのなまえに
「ち」ははいっているけれど
みためは「ち」のいろとはおおちがいで
おいしそうではありません。

そこでドラキュラは あかいペンキで
チョコレートをぬりました。
こんどはまっかな
チョコレートができました。

でも かじってみると
ペンキのあじしかしません。
みためはおいしそうな
「ち」のいろですが
まずいまずいチョコレートでした。

ドラキュラはかんがえてかんがえて 
いいことをおもいつきました。

まっかなゆうやけのしたでたべれば
ゆうやけのいろが
チョコレートにうつって 
「ち」のいろになるぞ。

おおきなあかいゆうひがしずんだひ
ドラキュラはチョコレートをもって 
おかのうえへいきました。

まっかな「ち」のいろにそまった
チョコレートをたべていると
にんげんのこどもたちがあつまってきて
「チョコレートちょうだいな」
といいました。

ドラキュラは せっかくの
おいしいチョコレートを
ひとりでぜんぶたべたかったのですが
「ちょうだいな」が
「ち」からはじまるので しかたなく
チョコレートをわけてあげました。

ドラキュラはほんのひとかけらしか
たべられませんでした。

それはとてもとてもおいしい
ひとかけらでした。

ずっとひとりぼっちだったドラキュラは
たくさんのこどもたちとたべる 
そのチョコレートが
どんなにんげんの「ち」よりも
おいしくおもえました。

しかし かなしいことに
ドラキュラはドラキュラです。

おいしいチョコレートをたべて 
こどもたちのほっぺたが
ほんのりあかくそまると
もうがまんができません。

ドラキュラはこどもたちに
おそいかかりました。 
ひとりのこらず 
くびすじにくいつきました。
そして まっかな「ち」を
おもうぞんぶんすいました。

ひさしぶりにあじわう
にんげんの「ち」でした。

おいしい おいしい はずでした。 
うれしい うれしい はずでした。

けれど 
ちっともおいしくなかったのです。
こどもたちとわけあった
ひとかけらのチョコレートのほうが
どんなにおいしかったことか。

おなかがいっぱいになったドラキュラは
おいおいなきました。

ドラキュラは また
ひとりぼっちになっていました。

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。