小説『Walk on the Outside of Spaces』連載第33回
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小説『Walk on the Outside of Spaces』連載第33回

まさきひろ(廣真希/広真紀)

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「まさか、テスト飛行でいきなりワームホールに入れるとは思わなかったわ」とパムはチーズとマッシュルームのピザを口いっぱいに頬張りながら言った。「でも、中があんな大嵐だなんて思わなかった」
「いつもそうじゃないんです」と答えたのはヒューズ・エアクラフト社の技術者ヴィンチェンツォ・マクソーニだ。このミーティングは元々はディミートリアス・ハバードとパム・オリーブの二人だけの茶話会のはずだったが、食事のできる会議室を借りる際、申請書の使用目的の欄に「学術的な打ち合わせ」と書いたため、ヒューズから、だったらうちの技術者たちも同席させてくれないかと頼まれて、マクソーニと彼の同僚のジョー・コッシーニも参加することになった。テーブルにはピザ、カルツォーネ、スパゲッティ、オリーブオイルの野菜サラダといったイタリア料理が所狭しと並んでいた。パムはアメリカで最初に出前を始めたキン・チュウ・カフェがいいわと言ったのだが、地元のマクソーニとコンチーニはカーサ・ダモーレというピザ店がお薦めですと強く言ったので、そこにした。
「通常はワームホール……(初めて使う言葉なのでマクソーニは科学者二人の目を気にしながら、おそるおそる口に出した)に入ったことすら気づきません。気づいたら並行宇宙の上空を飛んでいた、なんてことはしょっちゅうでした」
「つまり、ワームホールにいる時間はまちまちってことね」
「そうです」
「どういうことかしら?」とパムは同僚のハバードに尋ねた。ハバードはデザートのザバイオーネを食べる手を止めて、
「ホイーラー教授が描いてくれたワームホールのイメージはシンプルなチューブだったけど、曲がりくねったのとか、もつれたのとか、いろいろあるのかもしれないね。ひょっとしたら、クラインの壺みたいなのも」
「やだぁ」パムは滅相もないと顔を曇らせた。「クラインの壺だったら、入ったら最後、出れないじゃない」
「うん。でも、そこから多元宇宙の外に行けるかも……」とハバードは言いかけたが、「いや、やっぱり行けないな……あ、今の聞かなかったことにして」と自嘲気味に笑った。
「ワームホールの中の嵐はいったいどういうメカニズムで起きているんでしょう?」野性的な風貌のコッシーニが学生のように手を挙げて質問した。「メイルストロムと同じ理屈なんでしょうか?」
「その可能性はありますが、ワームホールに三次元の力学が当てはまるのかは疑問です」ハバードがぴしゃりと言った。
「ということは、ワームホールの中は三次元じゃないんですか? そもそもワームホールって何なんですか? ……いえ、さきほど説明してもらいましたが、まだピンとこなくって……」
「世界地図をイメージしてください。アメリカと中国の間に直線を引きます。しかし、地球は世界地図のように平たくありません。球体に近い、ソーセージの形をしています。つまり、アメリカと中国を結ぶ直線は実際には円弧を描いているわけです。いま、地中を突き抜けてアメリカと中国を一直線で結んだとしましょう。距離は縮まります。ワームホールはそれに似たものだと考えてください」
「なるほど、しかし、短くはなりますが、実際には通ることは不可能ですよね。硬い地殻が邪魔ですから」
「人間には無理ですが、ミクロな粒子――たとえば、宇宙線や放射線なら通り抜けることができるかもしれません。ところで、飛行機などを使った地上の移動はいわば二次元的移動です。一方、地中を突き抜ける方法は三次元的移動。ここまではご理解いただけますか?」
「はい」マクソーニとコッシーニは同時に返事をした。
「ぼくたちは日常の生活で地球が丸いということをあまり意識してしません。ある場所の位置を示すのにも緯度経度でこと足りるし、方位も東西南北で十分です。つまり、無意識に二次元に縛られているんです。そもそも地球が自転していることにも気づいていない。地球の回転速度は時速1700km――マッハ1より早いのにですよ。さて、ワームホールに話を戻しましょう。ワームーホールの中でいったい何が起きたのか、よく考えてみましょう。嵐に巻き込まれたのであれば外的要因になりますが、そうでなく、内的要因だとしたらどうでしょう? 実際にハイペリオンに何が起こったか、よく考えてみてください。最初に水平方向の回転が起きました。次に垂直方向、さらに、斜め方向の回転。この回転の重なり方、何かに似ているとは思いませんか?」
「地球の回転に似ていますね」とマクソーニが答えた。「地球は自転していますが、同時に太陽の周りを公転している。その太陽を含む銀河もまた回転しているんですよね?」
「そうです。地球の重力と慣性の法則のおかげでがぼくたちは回転していることに気づかずに生活していけますが、もしそれらがなかったら、ぼくたちは回転に次ぐ回転できっと目が回っていることでしょう。こんなふうに」
 と言って、ハバードはへろへろとテーブルに突っ伏す真似をした。笑いが起こった。それを見てパムは、ハバードがどこかでの大学で講師職を得たらきっと生徒たちに人気の講師になるに違いないと思った。黒人差別のない大学であることが条件だが。
「さて――」ハバードはしゃきっと背を正してから、話を続けた。「お次は幾何学の演習です。ちょうどここにストローがあるので、これを使ってやってみます。でも、ちょっと長いから短くしますね」ハバードはストローを半分に切ると、横にして持った。「この左端の部分を中心に水平方向に回転していると想像してください。そして、上から見てください。ストローはどう見えます?」
「円です」とコンシーニ。
「正解。次にこの円を――」
「円だったらこれを使うといいわ」とパムがデミタスの入ったコーヒーカップの受け皿を取ってハバードに渡した。
「ありがとう」ハバードは受け皿を手に、あらためて説明を続けた。「この皿を寝かせて縦方向、斜め方向に回転させます。するとどうなりますか?」
「球になりますね」
「そうです。つまり、最初は一次元だった線が水平回転によって二次元の円に変わり、縦方向・斜め方向の回転で三次元の球に変わった。これがハイペリオンに起こったことです。回転が加わるたびに次元が増していく。もっとも、ハイペリオンは立体ですから最初は三次元です。つまり、単純計算で、3+1+1=5――ワームホールの内部は五次元以上ではないか、と」
「もっと多いんじゃないかしら」とパムが言った。「円になったハイペリオンもまた平面でなく立体なわけでしょ。だったら、3+3+3=9で九次元だわ」
「時間は次元に入れないんですか?」マクソーニがこわごわと訊いた。
「入れたかったらどうぞ。反対はしないわ」パムがあっさり認めたのは、Huaweiの中にあった『火星の子供たちへ 物理学』で〝ひも理論〟のことを知っていたからだ。ひも理論では、この宇宙は、時間ともうひとつ別の次元を含めた十一次元であるとされている。もっともそれは証明されたものではなく、数学的に導かれた仮説でしかないいのだが、多元宇宙の外とはもしかしたらその十一次元めなのかも知れない。(時間は……少なくともワームホールの中にはなかった)

 楽しい勉強会はお開きとなり、ヒューズ・エアクラフト社の技術者二人が引き揚げた。ハバードとパムは二人だけでこれからのことを話し合った。
「で、ワームホールから次元宇宙の外にどうやったら行けるの?」
 というパムの質問に、
「そんなのぼくにもわかんないよ。君は?」
「わからないから訊いてるんだけど」
「だよね」
「とりあえず、ワームホールの中が実際にどうなっているのか、もっと詳しく調べましょう。撮影したり、録音したり、あと計器による測定。温度とか、放射線量とか――」
「そうだね」ハバードの顔色が冴えなかったのは、そのためにこれから何度、あの気持ちの悪くなるスピンを経験しないといけないのかと考えたからだった。

(つづく)

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まさきひろ(廣真希/広真紀)
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