小説『Walk on the Outside of Spaces』連載第34回
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小説『Walk on the Outside of Spaces』連載第34回

まさきひろ(廣真希/広真紀)

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「最前列の座席三席を取り外したいんですが――」
 ハバードの申し出にワイスはかまいませんよと即答した。社長のヒューズからよほどのことでない限り、君の判断でやりたまえと裁量を任されているらしい。それにしてもあっさりOKをもらえたので、「何のためか訊かないんですか?」とハバードはわざわざ尋ねてみた。ワイスは平然と、
「いろいろ装置を設置されるんでしょう?」
「ええ。そうです。ワームホール内部で何が起きているのか調べたくて」
「カメラは必要ですか?」
「もちろん」
「ウォレンサックのファスタックスがありますが使われます?」
「ええと、それどんなカメラでしょう? すいません、ぼく、カメラにあんまり詳しくなくて……」
「高速度カメラです。一秒あたり五六〇〇コマの撮影が可能です」
「普通は何コマなんですか?」
「映画だと一秒二十四コマですね」
「それが五六〇〇ってことは……えーと……」
「超スローモーションで再生できるってことですよ」
「だったらぜひお願いします。あとよかったらテープレコーダー、それに宇宙線検出器――」
「宇宙線検出器はありませんので、そちらでご用意ください。他にも何か必要なものがありましたら後でリストにして渡していただければ」
「はい」

 軍医でもあるレイモン・ビーンはワームホールが人間の健康にどのような影響を与えるかを調べてみたかった。そこでウルディンに被験者になってもらうよう頼んでみたのだが――
「構いませんよ。でも、ぼくでいいのかなあ」
「どういうこと? 何か問題でもあるの?」
「実はぼく、普通の人間じゃないんです」
 それを聞いて、ビーンはまずいことをしたと思った。ウルディンの肌の色は黒く、人種的な意味で言ったのだと思ったのだ。
 ビーンの気まずい顔を見て、ウルディンが慌てて言い足した。「ぼくのマダ、人間じゃなく、ギリシア神話のニンフなんです。カリプソっていうんですけど、知ってます?」
「ああ、たぶん……」とビーンは答えたが、どんな姿をしているのかまったく想像できなかった。「お父さんは?」
ファーダは人間です。ジャマイカで漁師をやってます。ロブスター漁です。素潜りでかなり深いところまで潜って、長い銛で岩の下を突付いて獲るんです。ある日のこと、いつも通り漁に出た父ですが、潜っている最中に急に海が時化だして、激しい潮の流れに巻き込まれ、岩に頭をぶつけて気を失ってしまいました。そのまま死んでいたかも知れない父を救ってくれたのが母だったんです。父はひと目で恋に落ちてしまった。母のビーチの砂のような黄金色に輝く髪に。真珠のような汚れなき純白の肌に、曇りなき空の色と同じ青く澄んだ瞳に、魅せられてしまったんです。母もまた、父の逞しく引き締まった肉体に、美しい声に夢中になりました。それから、ふたりは逢瀬を重ね、そして産まれたのがぼくです」
 ビーンはアンデルセンの人魚姫を頭の中に思い描いた。下半身が人間の足か、魚の尾鰭かわからなかったので、海面から上半身だけ出した姿を。
「で、お母さんは元気?」
「ええ。元気ですよ。年齢としをとらないもんだから、ぼくとはとても母子には見えませんが。そうそう、今回遠征隊に選ばれたのをすごく喜んでくれました」
「そりゃあ良かった」泡と消えたのかもと心配したのはビーンの取り越し苦労だった。「じゃあ、こうしよう。ぼくの身体で計測する。心拍数、血圧、脳波、その他諸々。きみには助手をお願いしたい。いいかな」
「お安い御用です」ウルディンは白い歯を見せて応えた。
「ところで――」ビーンが話題を変えた。「オリンポス十二神ってどういう連中かね。とくにディオニュソスってのは」
「知りません」ウルディンはそっけなく答えた。「会ったことないですから。たぶん母だって知らないと思います」
「そうかあ」ビーンは残念そうに肩をすぼめた。ビーンの主な任務はディオニュソスのアルコール依存症治療だった。診察を前に患者の情報収集をと思ったのだがだめだった。正直な話、ビーンはディオニュソスを畏れていた。ディオニュソスはビーンの信じる神ではなかったが、ニーチェによると反キリストの象徴――つまり、悪魔かも知れないからである。

   ☓   ☓   ☓

「このコンパスは普通のコンパス同様に足を伸び縮みすることができる」とハワード・ヒューズはギャロウェイにレクチャーした。「伸ばせば伸ばすほど距離の尺度が拡大する。その足の長さと両足を広げた長さとで距離が決まる。いま、足の長さは固定してあり、それに合うよう作られた地図の始発地と目的地にコンパスの両足を合わせれば二点間の正確な距離が得られる、というわけだ」
「なるほど」
「やってみるかね?」
 とヒューズに言われて、ギャロウェイはびっくりした顔をした。「いいんですか?」
「そのためにここにいるんだろう。いざとなったら私から操縦の権限を奪うために」
「そ、そんなことはしませんよ」
 うろたえたギャロウェイの顔を面白がって、ヒューズはに皮肉っぽく笑った。「まあ、そんなことは私がさせないがね」
 地図の縮尺はギャロウェイも使っている五十万分の一のスケールの航空図より少し小さいくらい。コンパスを渡されたギャロウェイは、「目的地はどこにしましょうか?」
「お好きなところに。ただし、目的地まであっという間に着いてしまうんで、風景を楽しみたかったら小刻みに移動した方がいいな」
「では、まずはハリウッドまで」
 ギャロウェイはコンパスの軸足をカルバーシティに、もう一方の足をハリウッドに合わせ、QJドライブのボードの上に移動させた。
「いいですか?」
「ちょっと待った。その前に下の連中にも知らせないと」
「そうでした」
 ハワード・ヒューズは内線電話で一階に離陸することを告げた。元より一階がスタンバイできたうえで始めたことだったので、返事は手短に、「了解ラジャー」のひと言だった。
「よろしい。テイク・オフ」

 ハリウッドからは北北西に進路を取り、快適な空の旅を続けた。ギャロウェイの飲み込みの早さはヒューズも感心するほどで、
「どうだね。軍を辞めて、うちの会社に来ないかね」
 と誘ってみたら、
「ありがとうございます。しかし、お断りします」
「なぜ?」
「ギャロウェイ家は代々、軍人の家系なんです。古くは南北戦争の時代から。祖父はアルゴ遠征隊に参加してサクラメントで戦死した――」
「ホーク・ギャロウェイか!」ヒューズは叫んだ。
「ええ、そうです」伝説の英雄を祖父に持つジャック・ゴードン・ギャロウェイは誇らしげに肯いた。
 州境を越え、ネバダ州に入って、しばらく経った時だった。前方の赤茶けた砂漠から突然、巨大な煙の柱が勢いよく噴き上がった。間欠泉にしては大きすぎる。色も白くはなく毒々しい赤で、形は細長いきのこに似ていた。ギャロウェイは急いで進路を変えようとしたが、その前に赤い噴煙はぱっと消えた。
「な、何だったんです、今のは?」
 ギャロウェイの質問にハワード・ヒューズは静かに答えた。
「きのこ雲だ」
「きのこ雲って、核爆発で生じるきのこ雲ですか?」
「うむ」
「並行宇宙に紛れ込んだということでしょうか? その並行宇宙で、アメリカはドイツか日本のどちらかから核攻撃を受けたと?」
「そうじゃない。アメリカが自らやったのだ。核実験のために」
「ま、まさか……」
「戻ろう。気分が悪くなった。原爆実験を繰り返す並行宇宙のアメリカは、この宇宙のアメリカ以上に愚かだ。自らの国土を有毒な核廃棄物で汚染するなんて……」
 ハワード・ヒューズの怒りと憎しみは、横にいたギャロウェイにもひしひしと伝わってきた。

(つづく)

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まさきひろ(廣真希/広真紀)
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