掌編小説『グッピー』
「あ、死んでる」
上京して半年経った頃だった。台所からそんな妻の声が聞こえてきて、どうしたのかと行ってみた。隅っこの棚の上に丸い金魚鉢が置いてあり、妻はそれを指さして、
「見て」
金魚鉢にはグッピーを飼っていたのだが、そのグッピーが、飾りで入れておいた巻き貝の中に頭を突っ込んでいたのである。
「死んじゃったかあ……」
やるせない嘆息が漏れた。グッピーは引っ越してくる前、九州の田舎にいた時から飼っていたもので、子供のいない夫婦には家族も同然だった。
「お墓に埋めなきゃね」
「そうだね」
お墓といってもペット専門の墓地ではなく、そのへんの空き地に(無断で)埋めるつもりだった。
お風呂場にいって金魚鉢の水を捨て、グッピーの亡骸を取り出す。グッピーを触るのはこの時が初めてで、手触りはぬめっとして、生暖かかった。
貝殻から頭を引き抜こうと尻尾を引っ張ってみが、捻れのかなり奥の部分まで入りこんでいるようで抜けなかった。これ以上やるとからだが千切れるかもしれないと思い、方法を変えることにした。
卓袱台の上にタオルを敷き、そこにグッピーを乗せ、金槌で巻き貝を叩き割るのだ。あまり強くやるとグッピーの頭が潰れる危険がある。こつこつ、こつこつと手加減して、どうにか貝殻を砕いた。
目を見ると生前同様まんまるく、見開いたままで、今にもぱちくりしそうだったが、からだはぐったりと、とくに背びれと尾びれはべちゃっと萎えていた。
お墓を探しに家を出た。夫婦が住んでいたのは風通しのいい高台だったが、どこもかしこもコンクリートで、土のある場所はなかなか見つからなかった。公園はあったが、若い奥さんたちが幼い子供を遊ばせて話し込んでいて、埋めることができなかった。
しかたなく家に帰ると、ティッシュペーパーを幾重に包んで、生ゴミの中に混ぜた。入れる時、目を瞑って片合掌をした。
「埋めてきた?」と妻に訊かれたので、うんと答えた。どこに埋めたかまでは訊かれなかった。
(完)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?