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【エッセイ】はじめて飛行機を取って、乗った

26年ぶりに飛行機に乗った。

それまで、飛行機に乗ったのは一度だけだった。
親父がいた会社の社員旅行。

島根から東京へ。
泊まったホテルは赤坂プリンスホテル。
今思えばずいぶん贅沢な社員旅行だ。

小4のおれはディズニーランドに長居できなかったことと明け方目がさめたことしか覚えていない。

2年半後にその会社の社長は首を吊った。
貧困生活の始まりだ。

ろくに大学も行けず、26年かけてやっとそれなりの収入を得たおれは、今年沖縄旅行へ行くことにした。

東京で13年。
凝り固まった価値観をぶっ壊したかった。
海外へ行ってみたかった。

だが、連れ合う友人もなくひとり海外。
飛行機のチケットを取ったこともない。
ややこしいだろ値段も変動するし。
空港へ自分で行ったこともない。

不安だ。怖すぎる。
乗り過ごして取り残されたらどうする。

そこで手始めに飛行機で行くのがメジャーな沖縄にしたわけだ。

オンラインでチケット予約。
前日に緊張しながらオンラインチェックイン。

何度も乗り換えをミスって川崎に連れて行かれる。
羽田空港まわりの路線ややこしいだろ。
空港行きの乗り場は独立させてくれ。

スタバでチャイラテを買い、空港でまったりしようとした瞬間乗り込みのアナウンス。 
休憩のヒマもないのかと一気に飲み干しゲートへ駆け込む。

席に付きシートベルトを締める。

空港作業員のおじさんが手を振ってくれていた。
なんだか嬉しい。
手を振り返した。

やがて出発の時間が来る。
ひとつ前の機体が滑走路を全速で駆ける。

あれ?
早くない?
あのデカい機体があんな速度で遠のいちゃうの?
正直ちょっとビビる。

次はおれたちの番。
乗っていた飛行機が滑走路を駆ける。

ちょっとまってくれ。
速い、速い速すぎる。
Gがすごいぞ。

離陸の瞬間をとらえるべくスマホのカメラを構える。
高まっていく速度。

おれは飛行機の中で涙を流していた。

貧しかった半生。
飛行機なんて乗る機会はないと思っていた。
沖縄なんて行けないと思っていた。
全部あきらめていた。
全部あきらめたくなかった。

いま、おれは飛行機に乗っている。

そのまま断ち切ってくれ。
おれを縛る鎖を。
引き継いだ呪縛を。
どこにも行けないおれを。
地べたを這いつくばるおれを。

そんなもん軽く笑い飛ばして、空の彼方に連れてってくれ。

車輪が地を離れ、身体が傾く。
重力に逆らう機体。
身体にかかるG。

手を振ってくれた飛行場のおじさんたちが見えなくなる。
機体の下に地面がなくなり、海の上を駆ける。

遠のく海岸線。
地形が見える。
google mapでした見たことない地形の航空写真。
ガラス越しにこの目で見届ける。

ほんとにこんな形してんだな。

鼻水を垂らすほどにおれは泣いた。
ありがとう。
おれをこの忌々しい地面から引き離してくれて。
おれを解き放ってくれて。

自由に、どこへでも行けよ。
そう言ってくれた気がした。

ありがとう。
この日おれは、ひとつ殻を破った。
この地球のどこへでも行ける。
それをこの身で知ったんだ。


それでは、また。

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