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Ctrl X

寮の駐車場に車を停める。ドアを開けて外に出る。最近めっきり寒くなった。
西側の空は日が沈み淡い赤で、東へ向かうにつれ紺になるグラデーションを作っている。
東向き。駐車場の濃い方の暗闇に目を向けてみるそこはすっかり夜になっている。建物の角を曲がると、まるで何もないかのような気がしてくる。

それにしても今日の空は綺麗やなー、と思ったその時、少し離れたところから何かの音が耳に入る。あまり聞きなれない音だった。
何か大きな生き物が鳴いたみたいな音。
でも、きっと自動車や機械などから発せられた音だろう。子供じみた想像を打ち消す。

小銭入れから部屋の鍵を出す。
引っ越しするぞと思ってからも何年もずるずると住み続け、今では鍵穴の上下を間違えることもなくなった。古風な鍵を差し込んで180度捻るだけの簡素なドアを開ける。

温度を感じ暗闇の中に何かいるのかもと思い、いやいや、エアコン消し忘れたんだな。と勝手に腑に落ちている。

いや、まてよ。

本当は直感した通り、部屋の中に何かがいるかもしれないのだ。でも経験から即座にその可能性を自分は消した。

それはそうだ。
現代社会を生き抜いていくためには、全ての可能性に怯え、備え、対応してはいられないだろう。ある程度のところで納得し、合理的に物事を見ていく必要がある。資料作成に慣れてきたらショートカットキーを押して効率化していくのと一緒だ。今の社会を生き抜いて、維持していくために、あらゆる無駄を排除しないといけない。

それは部屋の中に得体の知れないものがいる可能性から、角を曲がった先には何もないという空想、そして遠くでいななく謎の生物についてまで。その全てを経験から排除できるくらいに自分は現代社会に対応している。

自分の将来の姿についてもそうだろうか。

Ctrl X

叩き慣れたキーボードが頭に浮かぶ。

本当は聞こえたまんま、大きな生き物がいるかもしれない。

自分の人生のうち、何かが選択され、ショートカットキーで切り取られる。
虚空に浮かんでいるその何かについて考えてみた。

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