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薄氷の上

「何、あなたそんなことも知らないの」
今日は年配の女性からエクセルの使い方で指摘を受けた。
知っていて当然の処理ができなかった。
「違う違う」と連呼され、貸してと言われてその人にパソコンを手渡した途端あっという間に資料は完成した。手元が伺えず、どうやって完成させたのか分からない。次真似してやってみろと言われてもどうすればいいのか分からない。今質問するべきだ。でもすでに沢山の時間を割いてもらっている。そしてこの女性も私にイライラしているだろうと思うと、怖くて声が出なかった。

この人も私くらいの年の頃はこんな風に叱られてたのかな、と思って気を紛らわそうとしたけど無理だった。
私はこの人のテキパキ動く仕草しか知らない。私はこの女性が注意を受けたり、分からないことをビクビク質問している姿が想像できない。それにさっきの「そんなことも知らないの」という言葉は、私を傷つけようとはしてなくて心底驚いていた。それが余計に傷ついた。この人は若い女性がムカつくとか、若い女性をいじめてやろうという思考の持ち主ではない。誇張して私を糾弾したのではなく、彼女の中にあるのは落胆だけだ。

家に着くと真っ先に洗面台の前に立った。
化粧を落とすために顔を洗う。本当は明かりをつけて落ちてるか確認したほうがいいのだけど、今日はなんとなく暗い部屋の中にいたいと思った。

消えてしまいたい。そう思っているのかもしれない。

「こんなことも知らないの?」
自分が薄い氷の膜の上に立っている姿が思い浮かぶ。

私にとって知識って積み重なる土ではなくて、水が凍って土台になっていくイメージだ。今の私は氷になり切らないシャーベットの上に、なんとかじっとしているだけだ。

先輩に常時の仕事を教えてもらって、なんとかこなせるようになってきた気がしていた。でも、いざ細かいパソコンの操作や、突発的な事態に自分で対応しようとすると私には何もできない。知っていることが少なすぎる。と思った。がっかりされる日々。

過去に教わったことならノートに書いてある。でも急に仕事を振られて、「わかりました、ちょっと待ってください」と言いながら、ノートを開いてメモを探している間に、「あー、もういいよ」と言われて取り残されることもある。

音を立てないように、いつもそっとノートを閉じている。

いつか仕事ができるようになりたい。

私は何をやっても人より知識が凍るのが遅い。
私のどこかにないだろうか、
南極大陸のように頑丈の知識の大地が。

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