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産業保健活動と仕組みづくり

まえがき  「その活動は有効に機能しているのか?」


働く人々の身体的・精神的・社会的な健康に寄与する産業保健活動。

企業において産業保健活動の実務中核を担うのは一般的に人事労務・衛生管理者・産業医・保健師などのスタッフですが、当然ながらスタッフ数にも活動に割ける時間にも限りがあるため、リスクアセスメントの考えに基づいて「やること」「やらないこと」「保留すること」などの優先順位をつけてメリハリのある活動を行わなくてはいけません。

しかしスタッフによってやり方が属人化していることで、

「今までの活動は何だったんだろう」と嘆くくらいスタッフが交代するたびに全てが1からのやり直しになったり、、

前任者から引き継がれた活動をよく分からないまま踏襲し気づけば企業活動と産業保健活動の歯車が全く連動していなかったり、、

といった事例をよく目や耳にします。

またスタッフ自身についても、例えば日本における産業医の場合、産業医資格を持つ医師が約10万人いますが、そのうち産業医を生業としているのは1000〜2000人程度と言われており、日本の就業者が約6500万人という事実を鑑みると産業医活動に十分な時間を割ける医師は決して多くありません。

そのような状況のなか、働く人々の健康を効果的に支援していくためには、スタッフ側のスキルアップだけでは限界があり、むしろ企業側に仕組みを落とし込んでいくプロセスがより重要になってきます。

それでは、一定のクオリティを担保しながら企業が自律的に産業保健活動をスパイラルアップし続けていくためには、どのような仕組み作りが必要となってくるのでしょうか?


仕組みづくりのヒント  「マネジメントシステム」


仕組みづくりを行う上でのヒントとしてマネジメントシステムがあります。

方針・目標及びその目標を達成するためのプロセスを確立するための、
相互に関連する又は相互に作用する、
組織の一連の要素

マネジメントシステムはISO用語においてこのように定義されていますが、一般的には企業の経営を管理する制度や方式といった意味合いで使われ、品質や環境や情報セキュリティなどの(最近だと人的資本まで)幅広い分野にわたって浸透している概念です。

マネジメントシステムでは、

①方針を掲げ
②目標を設定し
③計画を立て
④体制を整え
⑤ルールを作り
⑥運用して
⑦その結果を評価した上で
⑧次なる目標を設定する

という一連のプロセスを組織における目的達成のために繰り返すこと、つまり、組織として継続的かつ自律的にPDCAを回していくためのツールとして有効に利用することが求められています。

このうち安全衛生に関するマネジメントシステムは、1972年に公表されたイギリスのローベンス報告において自主管理(Responsible Care)という安全衛生に関する課題を自ら見つけて自主的に管理を進める概念が提唱されたことを起点としており、現在ではISO45001という労働安全衛生マネジメントシステムの国際規格が発行されています。

尚、専門職の間では広く知られていることですが、日本でここ数年ブームとなっている健康経営も労働安全衛生マネジメントシステムの考え方が骨格になっています。

いずれにせよ、目的達成のためにマネジメントシステムを適切に回すことができれば仕組みづくりとしては磐石と言えるでしょう。


言うは易く行うは難し  「じゃあ、どこから始める?」


一方で、マネジメントシステムを回すためにはマニュアル・手順書・基準・書式フォーマットなど作成する文書も多く、そもそもマネジメントシステムの内容自体が少し複雑なため、特に中小企業では人材面・経営面などの観点からそれこそ優先順位が後回しにされがちです。

確かに、マネジメントシステム導入にあたり優先順位が高い他の活動がおざなりになってしまったり、マネジメントシステムに忠実であろうと完璧を求めるばかりに全てが行き詰まってしまい袋小路へ陥ってしまっては本末転倒でしょう。

だけど、文書管理や記録・様式の統一などの課題は、マネジメントシステムの有無に関わらず運用上いずれは直面してきますよね。

なので、「言うは易く行うは難し、だから出来る事から行う」の精神で、マネジメントシステムの概念や骨格をイメージしながらまずは仕組み化できそうな部分から取りかかってみると良いのではと思います。

例えば、「管理監督者が専門家へ面談を依頼する指標」「就業制限を検討する際の基準や手順」「復職可能と判断する際のチェックリスト」「衛生委員会の年間計画」といった日頃の産業保健活動でよく関わっている部分などからスタートしてみるのはいかがでしょうか。

尚、実際に私が作成した文書のひとつとして「一般健康診断に関する事後措置基準例」を参考までにご紹介します(産業保健活動の一助になれば幸いですが、当方に無断での商業利用はご遠慮願います)。

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あとがき  「最上位に志あり」


仕組みづくりの目的は、企業の産業保健活動が属人化やブラックボックス化をすることなく継続的かつ自律的にスパイラルアップしていくこと

その目的を達成するためにマネジメントシステムは強力なツールとなり得ますが、一方でマネジメントシステムはツールでしかありませんので、それ自体が目的とはなり得ません。

最初からISO45001レベルを目指す必要はありませんし、規格認証に捉われることなく簡易で小回りの効くシステムを独自開発して運用している企業も多く存在します。

つまり最も大切なのは、仕組みづくりを通じて産業保健活動の目的を最大限に達成していきたいという「志」に他なりません。

仕組みづくりに対する理解力や実行力を備えた産業保健に関わるスタッフが増えて世界中の産業保健活動レベルが更に向上し、働く人々の身体的・精神的・社会的な健康がより満たされたものになることで、結果的に私たちや次の世代の生きる社会がより良く豊かなものになることを切に願っています。


【参考文献】


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