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黄昏古物店 カシワギ軍曹の場合

黄昏古物店 カシワギ軍曹の場合

・登場人物
ナツメ
年齢不詳。長い黒髪で底の見えない真っ黒な瞳の長身の女。
黄昏古物店の女店主。
思い出を食う妖怪。
彼女に食われた思い出は消失するわけではなく、ありありとその姿を残して焼き付くことになる。まるでつい先ほど起こったことのようにしっかりと思い浮かぶので、悪い思い出の場合は苛まれることとなる。
強い魔力と知性はもつが、人間の道理と彼女の道理はずれている。
ただ、だいぶズボラな性格ゆえにスイレンに家事や雑務の一切を押し付けているため、ダラダラしては怒られるを繰り返しているが反省はしていない。

スイレン
見た目は14〜15歳くらいの中性的な姿。短い銀髪で色、瞳は深い緑色。
睡蓮の精霊であり、ナツメの使い魔ではあるものの人の愛によって精霊化したものなので、人間の感情や道理は熟知している。
そのため、思い出を引き出す際に上手く人間に取り入ることができるが、傷付けたいわけではないので心苦しいことも。
ズボラなナツメを説教する姿が多々見受けられる。

カシワギ軍曹
33歳。短い黒髪、濃い茶色の瞳。軍服姿だが、商店街についた時には武器は持っていない。
貧しい家の出ではあるが、自身の努力と持ち前の知力で軍曹までのしあがった兵士。
戦場で敵の攻撃を受け、瀕死状態で病院に担ぎ込まれている中、魂だけで黄昏古物店のある商店街に迷い込んだ。その記憶はない。
5人兄弟の次男。聡明で勇敢な兄を尊敬していたが、幼き頃に川で溺れていた子供を助けて亡くなった。

異形ABは冒頭の一言ずつなので、兼ね役がおすすめです
Mはモノローグ
途中軍曹が方言を使いますが、名古屋弁です
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黄昏古物店 カシワギ軍曹の場合
 
 
 軍曹M 気がつくと、見知らぬ町の真ん中に立っていた。直前までの記憶は全くない
    時刻は夕刻のようで、桃色と橙の入り混じった柔らかな空模様である。
    ここはどこか、人に尋ねようとしたとき、ギョッとした。
    人ではない。
    人の形ではあるが、一つ目のモノ、毛むくじゃらの何か、ツノや牙の生えた鬼の様なモノ。
    まるで百鬼夜行。

異形A 「いらんかね、いらんかね」

異形B   「新鮮なのが入ってるよ!あー、あんたは目玉が好きだよなぁ。オマケしといとくぜ。またよろしくなぁ」

軍曹M 異形達は危害を加えてくることはなかったが、駆け出していた。
 走って走って、商店街の終わりにつくと子供が一人店先を掃除をしている。
 その子は、此方に気がつくと駆け寄ってきた。

スイ  「おや、あなたは迷い込まれた様ですね。恐ろしい思いをされたと見えます。どうぞ、此方へ」

軍曹M    誘われるままに、足を踏み込んだのは小さな雑貨屋だった。扉が開くとからんからんと鈴の音がする。

スイ  「いらっしゃいませ、黄昏古物店へ。少し煙たいかもしれませんが、これは魔除けの香と主人のタバコの煙によるものです。人間に害はないのでご安心を」

軍曹  「確かに煙たくはあるが、香草というのか悪い香りではないし、問題はない。ともあれ、急に押し掛けてしまって申し訳ない」

スイ  「いえ、むしろあなたはここに導かれた可能性もありますから、ここにいるのが正解とも言えます」

軍曹  「お、おう……」

ナツ  「いらっしゃいませ、黄昏古物店店主、ナツメと申します。少々背が大きくて失礼?本日は、夢と現の狭間であるこの世界に迷い込んでしまった様ですね。そんなあなたのお名前は?」

軍曹  「でかいな……んん、まぁいい。自分の名は、カシワギイツキ。陸軍軍曹。何故ここに来たかは、不明だ。思い出せない」

ナツ  「うふふ、カシワギ軍曹ですね。記憶はそのうちするりと現れることでしょう。あなたは何かに導かれたとお見受けしますわ。さて、立ち話もなんですから、こちらに」

スイ  「は!気付かずに申し訳ありません!お茶を淹れますが何がいいですか?」

軍曹  「いや、気にするな。ありがとう。茶か、あぁ、ほうじ茶はあるか?」

スイ  「もちろんです!少し待っていてくださいね!」

ナツ  「待っている間、周りのものでも眺めてみてください。何かわかるかもしれませんね」

軍曹M   そう言われて店内を見回すと、所狭しと様々なものが置いてある。

ナツ  「ここは思い出の品がたどり着く場所。さまざまな時代や次元を超えてここにやってくるのです。もしかしたら、軍曹殿の思い出の品もここにあるかもしれませんね。無くしたもの、なんかが」

軍曹  「無くしたもの?そう言われてもな、特に軍では気を遣っているし」

軍曹M  あるわけがない、と言い掛けて小物や装飾品の並びに見覚えのあるものを見つけてしまった

ナツ  「おや、見つかった様ですね。あなたの思い出の品は此方ですか?」

スイ  「お待たせしました、ほうじ茶です。あれ?意外と早く見つかったんですね。ペンダントにしては、無骨というか、シンプルというか……」

ナツ  「これはロケットよ。写真が入るの」

軍曹M    開かれたそれには、亡き兄の肖像があった。

軍曹  「確かに、自分のものだ。訓練中に無くしたとばかり思っていたが、何故これがここに」

スイ  「先ほどナツメが申し上げた通り、ここはさまざまなものが流れ着きます。きっと忘れてほしくなかったのでしょう。軍曹さ んの大切な思い出に関わるものではないですか?」

軍曹  「忘れるものか。これは、亡くなった兄の写真を収めたものなんだ」

スイ  「それは、とても大切なものですね」

ナツ  「ん〜それはそれは芳しい、素晴らしい、なんて素敵なんでしょう。是非お持ち帰りいただきたいわ」

軍曹  「いや、これは売り物なのだろう?自分はここに着いた時に、装備もなく、恥ずかしながら財布もないのだ」

スイ  「ご心配なく、ここでの対価は金銭ではないのです」

ナツ  「その通り!あなたの思い出を語っていただければ、それで良いのですよ。素晴らしい、思い出を」

軍曹  「思い出、か。兄との思い出はたくさんあるが、そうだな、尊敬できる自慢の兄だった。勇敢で、聡明で、とっても立派な人だった」

スイ  「素晴らしい方だったんですね」

軍曹  「あぁ、軍に入っても優秀だったさ。自分なんかよりもずっとな」

スイ  「お兄さんのこと、大好きだったんですね」

軍曹  「そうだな、軍に入って尊敬できる上官もいるのだが、誰よりも尊敬している。五人兄弟の一番上で、誰よりも優しかった。優しかったが故に、川に落ちた子供を助けて、死んだ」

ナツ  「おやおや、それはまた」

軍曹  「幼い自分には受け止めきれなくてな。家族も気を遣ってくれて、これだ。写真も首飾りも貧しい我が家には大きな出費だっただろうに、これを渡してくれたんだ」

スイ  「いい話ですね」(少し涙ぐんだような声で)

ナツ  「そうねえ、でも、その思い出は本物かしら?」

軍曹  「どういう意味だ?」

スイ  「ナツメ、言い方に気をつけろよ」

ナツ  「だって、その話が間違っていないのなら、この子はここに軍曹殿を呼ぼうとは思わないわよ」

スイ  「忘れてほしくなかったんじゃないか?それ以外に思いつかないが」

ナツ  「尊敬しているお兄様のことを軍曹殿は忘れるはずがないじゃない。ということは?」

スイ  「別の理由がある、という訳か」

ナツ  「そう。それで、大体の理由としては、思い出としっかり向き合ってほしいというのが多いの」

軍曹  「お前に何がわかりゃあすだ?俺と兄の、何がわかりゃあすんじゃ。女じゃからって、容赦せんぞ」

ナツ  「うふ、何もわからないから聞いているのよ、軍曹殿?」

スイ  「ナツメ、言葉に気をつけるんだ。申し訳ありません、主人は人の様で人ではないのです。少し人と感覚が違うので、    怒らせる様なことを言ってしまって」

軍曹  「お前も、苦労するな」

スイ  「そうなんですけどね……。ただ、ナツメの言っていることはきっと正しいのです。おそらく、受け止めきれなかったゆえの、何か、忘れてしまったようなことがある可能性は高いのです」

軍曹  「ううん、そうは言われても、思い出そうとすると靄がかかった様な感覚がして、軽く頭痛までする始末だ」

ナツ  「それなら、アレを使ってみましょうかしらね。少々お待ちを」

スイ  「ナツメ、何を使う気だ?」

ナツ  「んー?内緒」

軍曹  「嫌な予感がするんだが」

ナツ  「あったわ!これこれ!」

スイ  「それは!」

軍曹  「なんだ?危ないものか?」

スイ  「人によります」

ナツ  「あなた軍人でしょ?丈夫だから大丈夫ですよ」

軍曹  「丈夫だからって……」

ナツ  「でも、知りたいでしょう?軍曹殿の本当の思い出」

軍曹M   それは、何の変哲もない黒い石だった。平らで光沢のあるそれは、河原に落ちているような丸みのあるただの石。

軍曹  「で?これをどうするんだ?」

スイ  「握りしめるんです、体温が移るくらいに」

軍曹  「それだけか?」

スイ  「はい、それだけです」

軍曹  「わかった」

軍曹M     意を決して、その石を握り込むとジワジワと周囲の音が遠ざかる。ザアアアという水流の音とゴボゴボという水に空気が溶けるような音、そして急激な寒さと息苦しさが襲ってきた。 

ナツ  「あなたには何が聞こえる?」

軍曹  「水の流れる音……」(苦しそうに)

ナツ  「他に何を感じる?」

軍曹  「寒い……。苦しい……」

ナツ  「思い出してください。それはあなたの記憶の断片。あなたの本当の思い出の欠片」

スイ  「ナツメ、これ以上は」

ナツ  「大丈夫よ、石の方がもたないわ」

軍曹M   急に暖かい空気と店内の音の中に浮上する。と、同時に手の中の石が真っ二つに割れるのを感じる。
手を開いてみると、黒い石が真ん中から綺麗に割れていた。

ナツ  「何か思い出せたかしら?」

軍曹  「いや、ただ、何かとても……」

ナツ  「いいえ、あなたにはわかるはずだわ。よく考えて、思い出すのよ」

スイ  「ナツメ!それでなくても負荷の高い代物だ。これ以上の負担は何があるか」

ナツ  「大丈夫よ、だって」(言い終わる前にスイレンが遮る)

スイ  「軍人とはいえ、彼は人間だ!……軍曹さん、ひどい汗です。何か拭くものをお持ちします。あとお茶のおかわりも」

軍曹  「あぁ、すまない」

スイ  「いえ、とりあえず安静に。お茶淹れてきます」

ナツ  「……あの、体の方は大丈夫なのですか?」

軍曹  「お?気にはしているのか」

ナツ  「私だって、人ではないとはいえ、情は持ち合わせておりますのよ?軍曹殿?」

軍曹  「あぁ、これは失礼したな」

ナツ  「思ってないですよね?」

軍曹  「あぁ、思ってない。……ふふ、あの日もこんな話をしていた気がするな」

ナツ  「あの日?」

軍曹  「あの日……?そうだ、あの日」

ナツ  「何があったか、思い出してきましたか」

軍曹  「少しずつ、だが」

スイ  「ナツメ、少しがっつき過ぎだぞ。軍曹さん、どうぞ。ハンカチとお茶です」

軍曹  「すまないな。あぁ、落ち着く温度だ」

ナツ  「無理をさせ過ぎてしまいましたかね」

軍曹  「いや、自分は軍人だからな。この程度ではくたばらんよ」

ナツ  「それは良かった」

スイ  「はぁ、他の人間にもその気遣いを常にしてくれ」

ナツ  「それは、気が付いたらそうするわ」

スイ  「あーそうだな、気が付いたらな」

軍曹  「お前達を見ていると、思い出してきた」

スイ  「何をですか?」

軍曹  「兄が死んだ日だ」

ナツ  「あら!それは良かった」

軍曹  「兄が、助けたのは、兄が助けたのは、自分だった」

スイ  「そんな……」

ナツ  「それはそれは」

軍曹  「あの日、俺は久しぶりに帰省した兄と、他の兄弟と一緒に遊んでいて」

ナツ  「ああ、もう目の前に真実がありますね」(心底うっとりと独り言のように)

軍曹  「小さな橋から、落ちたんだ。冬の冷たい川に落ちて、それで」

スイ  「大丈夫ですか?顔色が」

軍曹  「それで、それで、俺を助けに。大きな腕に抱えられたところで意識がなくなった」

スイ  「軍曹さん?」

軍曹  「目が覚めたら布団の中だった。記憶はそこから始まってりゃあした。兄が死んだという知らせと、家族のあの目」

スイ  「軍曹さん!」

軍曹  「そうだ、家族は俺を傷付けない様に隠しとりゃあしたのか。記憶がにゃあと知ったから」

ナツ  「それが、あなたの真実。それがあなたの本当の思い出。ああ、なんて甘美なのでしょう」

スイ  「おい!ナツメ!今は!」

ナツ  「いただきます、そして、さようなら。あるべき所に帰りなさい。思い出と共に」

軍曹  「俺のせいで兄は死んだ!」

スイ  「軍曹さん!」

軍曹M   ぐらりと視界が傾くと同時に店の中に、兄が立っている。

軍曹  「兄さん?」

軍曹M   呼びかけた兄は確かに俺の名前を呼んだ。そして、引き摺り込まれるように真っ暗な闇の中に意識が沈む。
 どれ程、闇の中を揺蕩ったのか、意識を浮上させたのは確かな痛みだった。

軍曹  「うぅ、ここは……」

軍曹M   病院の寝台の上、消毒液の匂い。至る所に包帯を巻かれていた。そうだ、戦場で、自分の近くで何かが炸裂したのだ。

軍曹  「ではあれは、夢でりゃあしたか?」

軍曹M   そう思いたかったが、手の中にあるロケットはそれを許さなかった。
ふと、寝台の横に誰かが立っていることに気付く。目をやるとそこには、あの日と変わらぬ兄が立っていた。

スイ  「軍曹さん、大丈夫だろうか」

ナツ  「大丈夫よ、軍人なんだから」

スイ  「お前のその偏見はどこから学んで来たんだ」

ナツ  「さぁ、どこでしょうね」

スイM   そう言うと、ナツメは入口に目をやる。
    柱時計がゆったりと時を刻んでいる中、チャイムがカランカランと音を立てた

スイ  「いらっしゃいませ」

ナツ  「ようこそ、黄昏古物店へ」

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