「食」を通して突き抜けた存在になる


本日はモリゼミオープンデイ。テーマはスペイン、バスク地方のサン・セバスチャンでした。人口18万人程度の小さな街ですが、ここが美食世界一の街となった理由を探りました。

バスクというユニークな土地

サン・セバスチャン市はスペイン北部のフランスとの国境付近に位置しています。バスク地方の海沿いの街です。生協職員や協同組合の人にとってはものすごく有名なモンドラゴン市のモンドラゴン協同組合が近くにあり、そちらも非常に気になるところです。バスク地方自体が独立運動など、ユニークな性質を持っていることが垣間見えました。

美食倶楽部のはじまり

さて、今回のテーマのサン・セバスチャンは、1970年代から僅か50年足らずの間で美食世界一になりました。はじまりはもともと食べることが好きだったバスク人の男性たちが、家のキッチンに入ることは各家の女性たちに許してもらえないことから、「美食倶楽部(Gastronomia Society)」を作り始めたこと。小学校単位で作られ、入会の条件はその土地に住み、食材なども自分たちで調達し、キッチンには男性しか入れず、自己完結します。やはり、やりたいことを自分たちの満足が行く限り楽しめるコミュニティから始まるのですね。

ヌエバ・コッシーナ(新バスク料理運動)以降のひろがり

その後、同じく1970年代にフランスにて「ヌーベル・キュイジーヌ」という伝統的な料理にカジュアルさと軽さを取り入れた料理が生まれ、この流れを受けて、サン・セバスチャンでも「ヌエバ・コッシーナ(新バスク料理運動)」として動きが生まれ、独裁政権からの解放もあいまって広がりがでます。運動の先頭に立った若いシェフたちは、食事つき新作発表会を開催し、参加者とも対話をしながら良いものを作ろうと奮闘します。また、メディアをその場に呼んで報道してもらうように心がけられています。思えば、ここから外に開かれ認知された「サン・セバスチャン」になることを意図されていたのでしょう。

その後も「レシピのオープンソース化」を実施し、今まで見て盗む徒弟制度の仕組みの中にあった料理の流れを大きく変化させます。閉じた料理ではなく、開かれた料理とすることで、「地域全体の料理のレベルを上げる」ことにつながりました。それぞれのレストランが競ってお客を取り合うのではなく、全体のことを考えた発想が、地域全体を底上げすることにつながります。

その後も料理人の世界の中で、レストラン内にラボ(研究所)ができたり、料理学校設立⇒料理学会発足と、地域の中で料理を互いに学び広げていく取り組みが拡大していきます。

地域全体のブランド確立へ

このように料理業界の中で広がりを見せてきた動きがさらに広がるのが2000年代に入ってからです。2006年にはサン・セバスチャン市観光局がガストロノミー(美食文化)に着目し、観光戦略を打ち出します。今まで料理人やレストラン等、食関連の業界にとどまっていた広がりが、まさに地域全体に広がる動きを行政側が作ったのです。市役所をハックするの取り組みの中でも、行政が動く意義はまさにこういったところにあるのだと思います。

サン・セバスチャンから学ぶ価値

全体をとおしてみて、まずは「料理を楽しみたい」という住民たちの純粋な動きが、料理人たちの思いと呼応し、「学びたい、もっと面白くしたい」といううねりが広がっていくことが素晴らしいと感じます。その業界の慣習や制約にとらわれずにやれることから積み上げられてきた流れが、料理業界の中で美食倶楽部⇒料理人の学びあい⇒学校⇒学会・・・という流れで広がりを見せたのは、他のジャンルにおいても参考にできる面があると思います。

また、業界だけでの広がりにとどめないためには、行政が観光政策で他の分野の人を巻き込み、「地域」の顔として広げることが不可欠なのだと感じます。この役割を果たすのが、必ずしも行政でなくても良いのかも知れませんが、地域全体に広がりを持つ存在であるからこそ、この事例で見られるようなタイミングでの関わりは非常に重要なのだと思います。

私の近くでもサン・セバスチャンに突撃旅行をするような人も近年何人かいました。今日の話をお聞きして、実際に目にしてみたいと思いを熱くしています。


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