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生け花の概念をどう変えるか

生け花をしている人と話をした。
コンテストに参加したら、写真的な表現に慣れているため、作った作品を2次元であると評価され、奥行きを持たす3次元の表現の必要性を講評されたそうだ。

一方で、生け花という世界は、担い手が減り、技術のレベルも昔ほどではないという話を聞いた。

その話を聞いて、あらゆる業界が、テクノロジーの進化に合わせて、新たな領域へとその到達点が達しているのに、華道は過去にも到達しない、担い手もいないという負のスパイラルにハマっていることを実感した。

そして、その原因の一つが、型が決まり、それを追うこと自体が主眼となり、そこに対してイノベーションが生まれていないことだと感じた。
だから進化が止まっているように見えるし、面白みが欠けるのではないかと思う。

前述の通り、伝統や文化というものは、常に革新を加えていき、その評価は時間と人がするものだと思っている。
だから文化は残るのだ。

生け花においても、同じような革新を加えていくことを図ればいいのではないだろうか。

例えば、生け花は「3次元」かつ、「今」を表現するものではあるが、そこに「時間の経過」という軸を加えて、4次元で表現するというのもアリかもしれない。

門外漢で何もわかっていないから、もしかしたらとんでもない勘違いな発言かもしれないが、構造的な課題や化学反応の起こし方はどこにでもあるフレームワークなのではないかと思う。

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