普通や世間に振り回されるな、自分を守れ

今回も来ていただきありがとうございます、雅子です。

五月病の後に大抵マスコミが話題にするのが、夏休み後に残念な選択をしてしまうこと。自分で未来を断つということ。

しかもこんな風潮で、なんだかんだとマイナスばっかり耳に入るし、身内も心配からなんだけど、口うるさくいうよね。そんな時共通するのが、

「普通は、そうじゃない」「できて当たり前」をベースにして、あなたのわからないところで、圧をかけたりマウントしたりしてくる。

私は流されるまま、疑問をもたずに学校に行ったし、いじめにあっても隠したまま通った。仕事も、いわゆる正社員を経験もした。母にもなった。

いわゆる普通、テレビ、親や先生の偏った情報に、見事に洗脳された世代です。しかし幸いネットの世界に追いついた世代でもあります。

ただ申し訳ないことに、経験していなかった「障害者に関する情報」「精神疾患に関する情報」は追いついていませんでした。

しかも自分の子供が「発達障害」だったので、まだ今ほど情報が得ることができず、結果「学校」や「先生」からの情報になるので、フラットな情報ではありませんでした。

そこには情報に「なんらかの伝える側の意図や感情」が含まれているからです。先生だったら「本人の適正」などの正確な情報の中に、少なからず「個人的に心配している思いやり」などの気持ちが含まれるからです。

そんなプラスなことばかりではありません。

これはのちに気付き、悔しかったことですが、伝える側の「利益」がある場合もあります。こうしてくれると「先生(私自身)の評価に響くから方向転換させたい」とか、「学校全体の利益に繋がるから」とか。そんな思惑があるということもあります。残念ですけれどね。

だからこそ「普通はそうだよ」とか、「みんなはそうしてる」とかに、今の時代は振り回されず、自分のやりたいことの情報や必要なことを探して、未来をみて下さい。

息子が中学生の頃、まだ私が「普通」ということに拘っていた頃、息子をなんとか軌道修正し、普通に公立の高校を目指し、合格し、普通の高校生になると妄想していた頃、息子が壊れました。

実は中学校に入った頃から、別の小学校から進学した子達に、いじめに遭いました。同じ小学校からの子たちは、息子が「発達障害」だからこその個性も当たり前と思っていてくれたのですが、その子たちは、発達障害特有の苦手を助けてもらっていることを、「落ちこぼれのくせに、助けてもらい、ニコニコしていること」が、むかついたから、いじめたのです。

その時に息子より、先生の情報や判断を信じたのです。

「普段は特に問題ありませんよ」

でも実は休み時間ごとに、図書室に逃げ込み、絡んでくる生徒から逃げて、騒がしい教室の音からも(のちに、聴覚過敏と知りました)逃げていたのです。そのうち、受験期になったことで、図書室も出入り禁止になり、彼の唯一の逃げ場所もなくなりました。

確かに小学校からの付き合いがないことや、その当時はまだまだ「発達障害」のことも、中学の先生たちですら、認識の浅いことでしたし、私も情報がなく悩んでいたので、「普通」や「先生や学校だけの情報」に流されました。

母である私自身が、ことの深刻さや、息子の表現できない苦しさにわからなかったのです。公立高校には偏差値の低さや内申書の問題行動のことで、諦めろ、無理だと言われ、私立を目指すも、ほぼ選択はなく、確実に行けるであろうという面接重視の私立に願書を出しました。

少ない選択肢の中で、行きたいと思った私立には、先生に反対をされ、問題行動が多いと学校推薦が取れず、受験もできませんでした。

ゴタゴタに傷ついた彼は、自分で首を閉めるというっ自傷行為に出ました。

ただ親として助かったのは、彼が内緒でできない個性であり、ただただ自分の気持ちを言葉にできないことを訴えたいだけだったので、私の目の前で、

本気でタオルで首を締めるという行動に出たのです。

彼の精一杯の抵抗であり、自己表現だったのです

よく聞く中学生なら、黙って行方をくらましたり、それこそ黙ったまま、悲しい行動を起こすのですが、そこは嘘の付けない障害児で良かったと思います。

私は彼に泣きながら彼に詫び、主人とともに、学校に報告しました。自殺の真似事を図ったこと、今までの学校の対応のこと、報告しました。

さすがにほぼ休まず、学校にだけは通っていた息子だったので、担任、学年主任、教頭先生が慌てて自宅に来ました。あ、校長先生は出張で不在だったので、後ほど・・・との対応でしたが。

特に息子が個人的には、優しく挨拶を交わし合っていた学年主任の先生は、1年生の頃から気にかけていてくれたので、笑顔がドンドンなくなっていくのに気づいていたのに、ごめんなさい!!と誤ってくださいました。

そして同じ頃、15歳というならなんとか大人扱いで、発達障害の判定をできるのではと、彼の障害の本格的なことにつながる精神科に出会えたのです。

病院では、息子と一緒に私もカウンセリングされていたようで、すっかりその頃から、

「自分の経験していた普通や、世間の普通を目指して、息子自身に無理させるのはやめよう。彼が楽しそうに、でも大事なことは経験をさせたい。生きていくために」と思いました。

ようやく彼の「障害」を受け止めることができました。そして障害が「自閉症」であり、「ADHD」であることの勉強をしました。

発達障害のグレーなことは分かってても、親も人間なので、まだ「普通」に追いつくんじゃないだろうか?と無理したり、無理させたりするかもしれません。

特に大人になればなるほど、謝るタイミングが下手になるんですね。おかしなプライドが邪魔をして、頭下げるのは恥ずかしいと思っちゃう。

ごめんなさいね、今さらだけど。

知らないうちに、大人たちのしょうもないプライドのために、あなたのプライドどころか、あなた自身が価値ないものだと、悩んでいるのだったら、うちの息子バリにとは言いません。正直に出してもいいんじゃないでようか?

みんな知った顔してるけど、自分が経験したことしか言えないし、いまだにわからないことはわからないと言うのが恥ずかしい大人多いし。

だからめんどくさいだろうけど、わかりやすいサインをください。お願いします。親や身内が信用できなければ、信用できる親以外の誰かでも構いません。誰か知恵をくれると思います。

先日、公開した「岬のマヨイガ」を見てきました。それを観て

「家族とは?」

「家とは?」

「神社、仏閣の意味とは?」

「人の魔とは?」

「人の持つ負の恐ろしさとは?」

私はスピリチュアルな感覚を信じて行動している人なので、腑に落ちる内容だったのですが、もし今の自分に負の気持ちが渦巻いているのなら、ぜひ見に行ってみてください。

あるいはテレビやネットで、不安になってたり、未来が見えない!となっているのなら、薄暗いうちに起き出して、散歩してみてください。

あなたの心臓があなたの意思で動かせていないように、周りの季節は動いていることに気付いて感謝しましょう。深呼吸していますか?空はみてますか?

あなたが今、いることには、何年先になるかわからないけど、意味があるんです。そして世間の言う「普通」なことができなくても、決して無理矢理頑張らず、一旦、逃げましょう。できることを考えて、生きていける方法を考えましょう。

最後に私の最近の心のテーマソング、「命に嫌われている」の一説を紹介させてください。

命に嫌われている。

結局 いつかは死んでいく。

君だって、僕だって、いつかは枯れ葉のように朽ちていく。

それでも僕らは必死に生きて、

命を必死に抱えて生きて、

殺して、あがいて、笑って、抱えて、

生きて、生きて、生きて、生きて、生きろ!!!

「命に嫌われている」カンザキイオリfeat.初音ミク

「普通」に、「情報」に潰されたり、振り回されないで。

あなたは何がしたい?




もしも応援したいと思われたら、サポートもお願いします。情報収集の経費や息子のサポートや成長するための経費に使いたいと思います。