ぼくはバンジージャンプをしたことがない。

 ぼくはバンジージャンプをしたことがない。やってみたいと思わないか?ぼくはやってみたい。どうせなら日本一のところがいい。岐阜が215mで日本一だという。遠いな。いくらするんだろう。今なら2万円。安くはない。というか高い。だけど一生に一度くらいなら構わないんじゃないか。

 「一生に一度」という言葉から連想したのは「成人式」だった。成人の日が近いからだろうか。振袖を販売/レンタルする業者は「一生に一度の思い出を」なんて調子で、綺麗な売り文句に脅しのエッセンスを隠し味。今、振袖を着なかったら一生着る機会はありませんよ、と。皮肉めいたことを書いてしまったが批判がしたいわけじゃない。ただ、一生に一度くらいならと振袖のレンタルに数十万円かける人がいると思ったら、バンジージャンプの数万円が可愛く見えてきた。

 そういえばバンジージャンプは元を辿れば成人の儀だったという話を聞いた気がする。これも成人式を連想した原因かもしれない。南太平洋の島国バヌアツ共和国にあるペンテコスト島では、ナゴールと呼ばれるバンジージャンプが毎年行われている。ヤムイモの豊作を願い20〜30mの櫓から飛び降りる儀式だ。これがバンジージャンプの起源だという。自分が思っていたのとは少し違っていて、成人する年齢に一世一代の度胸試しというものではないようだ。飛び降りる高さこそ違うものの年端もいかない子供が参加することもあり、大人たちは、ほぼ毎年、人によってはお祭りの開かれている期間中に何度も櫓から飛び降りるらしい。とにかく、ペンテコスト島の男はこれを乗り越えないことには一人前として認めてもらえないのだ。(※この辺の話はネットで検索しただけでウラを取ってはいないのだが本筋ではないのでご容赦を。)

 ぼくはバンジージャンプをしたことがない。これはつまり、もしペンテコスト島に行くことになってもペンテコスト基準では一人前だと認めてもらえないということだ。悔しいではないか。逆に岐阜のバンジーを経験した状態でペンテコスト島に行った場合を考えてみよう。装備こそ違うものの、向こうは20〜30m、こちらは200mだ。もちろんぼくはそれを鼻にかけるようなことはしない。立派な大人だから。それでも"経験ゼロの男"として行くのと"200mの男"として行くのでは心の余裕が違うはずだ。顔つきからして違ってくるだろう。

 ところで、ぼくは成人式には行ってない。偉い人たちの有難いお話を聞いても仕方ないからと自分に言い訳をしていたが、煎じ詰めれば「浪人していたから」の一言に尽きる。成人の日はセンター試験の直前。さすがに焦りがあった。だが蓋を開けてみれば、机には向かったものの今頃みんなは成人式かと思うと気もそぞろで身が入らなかった。成人式に行かなかった人間が、5年後に一人前の大人として認めてもらうための儀式でもあるバンジージャンプをする。くだらないといえばくだらないが酒の肴くらいにはなるんじゃないだろうか。あ、そういえばお酒飲まないんだった。

 そういう訳で、近いうちにバンジージャンプをしに行く。予約も入れた。体験の感想は書くかもしれないし、書かないかもしれない。文章にするほどの感慨を抱けるか次第だ。あとは需要。放っておくと、こういうショーモナイ文章をダラダラと無限に錬成してしまう。キリがないのでこの辺で切り上げよう。最後は次の一言で締めようと思う。

刺激のない人生なんてつまらないじゃないか。



 ……と大見得を切ってはみたが、謝らなければいけないことがある。文章を書いている途中にナゴールの動画を見た。

……これは無理!!植物の蔦なんて大して弾力無いのよ。それを足に結んで櫓から飛び降りるんだから衝撃は半端じゃないはずだ。実際、動画で見ると明らかに蔓がビーン!と伸びきってる。怪我人はバンバン出るし死者が出ることもあるらしい。オマケに今ぼくは足首を捻挫している。病院で1週間もすれば治ると言われたくらいの軽症だが、今の状態で足に蔦をつけて櫓から飛び降りる想像をしたら冷や汗が出そうになった。たしかにぼくは刺激を求めている。しかし、これでも結構慎重派なのだ。ほんまモンの危険を目の前にすると割とビビってしまう。自転車に乗っている時すら相当気を張っている。大した捻挫じゃないと思いつつも念のためと整形外科に行ったことからも窺い知れよう。嗚呼、何が"200mの男"だ。ペンタコスト島の男たちの足元にも……いや彼らの立つ櫓の足元にも及ばない。ぼくは一人前になれそうもありません。

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