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『究極の弁当』

 私の友人に弁当にかなり詳しい人物がいる。彼は仕事の関係で弁当の差し入れをすることが多かったようで、やがて弁当の魅力にはまり、究極の一品を探し求めているという弁当オタクだ。今回のお題が「弁当」に決まったので、その友人に連絡を取り、飲みに誘った。

 彼はスマートフォンの中の色とりどりの弁当を見せながら、熱心に弁当の魅力を語ってくれた。しばらく講釈が続いた後、少し考えた末にこう言った。

「そうだな。究極の弁当として俺が勧めるとしたら、銀座梅林のとんかつ弁当だな。梅林の弁当はね、揚げたてよりも、時間が経った方が美味しいんだよ。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた木箱の中で、時間の経過と共に熟成し、梅林のとんかつ弁当は完成するんだ。まぁ、言ってみれば進化する弁当というところかな。」

 私は、そんな不思議な弁当があるものかと思ったが、これまで彼に紹介された店で、はずれたことは一度もなかった。彼の舌は間違いない。もし彼が言うような、弁当箱の中で弁当が完成するという不思議なものがあるのなら、是非食べてみたいと思った。

 早速、翌週の平日、正確には2月29日の夕方に訪問。食べログでは、「年中無休で11:30~21:00」と書いてあった。その日は仕事を早々に終わらせて梅林へと向かった。

 そして中目黒駅から日比谷線に乗り、銀座の地下2番出口を出て、5分くらいで店についたのだが、

な、なんと!?
うるう年の2月29日により4年に一度の早終わり!?
 
 店の看板には「本日は臨時で16:30迄」との張り紙。時計を見たら、既に17時だった。もう30分早く出たら間に合ったのに。。。

 その日は、はやる気持ちをくじかれて、無念な気持ちを抱きながら踵を返したが、おかげで銀座梅林のとんかつ弁当への思いは、ますます強いものになった。

 今度こそはと、次の土曜日に開店から並ぼうと勢い参じた。既に開店前から地下から地上まで客待ちの長蛇の列。

 しかし私は弁当が狙いなので、一応その場で電話をしてみたら、予約がOKとのこと。1時間後に受け取りに行く旨を伝え、近くの蕎麦屋でいっぱいやりながら、とんかつ弁当への妄想に耽った。

 その後、約束通りの1時間後に悲願の品を受け取り、その日の夕食にようやく「とんかつ弁当」とご対面。

 紫色の包み紙をほどいて蓋を開けると、分厚い「ひれかつ」が4個、「エビフライ」が1本、「肉感たっぷりのミートボール」が四角い木箱にびっしりと詰まっていた。

 まずは、どちらが縦なのか横なのかが、分からないほどの厚みのひれかつに、オリジナルソースとからしをつけて、かぶりついた。

「うわっ、うまっ。」

 思わず胃袋がうなった。ひれの柔らかさと肉のうまみが、口いっぱいに広がった。すこし冷えた衣が肉に馴染み、一体となっている。このしっとりした食感は、確かに揚げたての店内では食べれない。

 エビはとても長く、中身もしっかりと詰まって、プリっとしてジューシーな味わい。ミートボールはあらびきで甘すぎない大人の味だ。

 一品一品をよく噛んで、味わいながら食べているうちに、彼が言っていた意味を理解した。「進化する弁当」という呼称こそ、まさにこの弁当にふさわしい。

 ビールから始まった宴は、いつしか日本酒に変わり、やがて幸福感と共に酩酊の世界へ没入。これまで、一食の弁当にこんなに興奮したことがあっただろうか。

 「とんかつ銀座梅林」。銀座で初めてとんかつを出したという老舗。厳選した鹿児島の黒豚、薬剤師だった創業者が、りんごやたまねぎなどでとろみと甘みを加えて調合したオリジナルのソース、豚肉に合うように糖分を抑えた生パン粉などの細部へのこだわりが、多くのファンを魅了してきた。今回食したのは「ミックス弁当」2600円。

 その後、紹介してもらったお礼と感想をLINEで報告。早速、次なるオススメ弁当が送られてきた。これもまた、彼の解説付きで食指をそそられる。しばらく弁当への妄想は止まりそうもない。

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