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【提出エッセイ】義父の補聴器

2019/11


 2月に87歳になる義父が補聴器デビューを果たした。精力的とは言えないが、彼はいまだに仕事に出かけ、講演活動などをしている。先日静岡の大学で講演をするというので迎えがてら傍聴した。50ウン万の補聴器の効果は絶大で、学長さんと対話をし、しっかり笑いも取っていた。
 
 結婚して6年経ち、当然ながら義父はみるみる老いている。自宅へ初めてご挨拶に伺った際はスタスタ歩いていたけれど、今や杖を頼り、おぼつかない足取りで歩くようになった。最初の正月、義母にくっついて台所に立ったり義父に酒を注いだり、一晩中気を張っていたくせに、今ではワインを一杯飲んでうとうとする義父にくっついてわたしも横になり、正月番組を楽しむようになった。わたしが図々しくなった代わりに義父が弱ったのではと、実はこっそり心配していたりもする。そんな義父だが、食欲はまったく衰えない。
 
 昨年義姉が結婚した。挙式では義父が義姉に手を引かれてバージンロードを歩ききり、わたしの胸はいっぱいになった。のちの披露宴にて、配られた席次表を見て義父の隣だということに歓喜した。美味しい食事に舌鼓を打ちながら、隣の席の料理を盗み見する。
 わたしは、義父が全然食べないのだと思い込み、彼のフランス料理をオオカミの如く鋭い目つきで狙っていたのである。しかし義父は、あいさつ回りからヨタヨタ戻ってきたと思うと、目の前の皿をペロリと平らげた。比較的嫌いなはずの魚料理は伊勢海老で、なんてことなく満足そうにフォークを口に運ぶ。勝手に食が衰えたと踏んでいたわたしはがっかりした。そして、肉料理が運ばれてきた。
 義父は、フィレステーキもフォアグラも、余すことなく食べ切った。もう満腹だ、Maryさん良ければどうぞという言葉はついに、聞くことがなかった。
 
先日心臓を患い、一瞬入院した。検査を担当した医師は、「大丈夫ですよ、90までは生きますよ」と言ったらしい。大往生と思いきや残り3年しかないが、食欲を見る限りあと50年は生きそうな気がした。というよりわたしは義父母が好きなので、向こう50年は生きながらえてほしい。その頃には補聴器のみならず、全身改造人間になっているだろうが、美空ひばりのAIが紅白の出場を果たす時代、ロボットおじいちゃんも許される気がする。



2023年12月現在、義父はまだまだ元気です。2か月後は九十一になり長寿更新予定。胃がやられて高いお肉が食べられなくなったのは、私の方…🥺🥺🥺🥺

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