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〈書評〉辛島昇(大村次郷写真)『カラー版 インド・カレー紀行』


私はインドカレーが好きである


 学生時代からインドカレー屋には何度も足を運んだ。今は潰れてしまったが、インドカレー屋があった。大学時代もサークルの打ち上げにはインドカレー屋に行った。インドカレーは色とりどりで、メニューが豊富である。日本のカレーライスとは異なり、さまざまなバリエーションのカレーが存在する。


 チキンカレー、バターチキンカレー、マトンカレー、フィッシュカレー、豆カレー、野菜カレー、キーマカレー…‥。

 お供のナンやタンドリーチキン、黄色のターメリックライス、飲み物のラッシーやチャイも好きである。

 去年も街中に出かけるときは、何度もインドカレー屋に行った。

 そして、ここ一ヶ月近くは家でほぼ毎日、インドカレーを作って、食している。最初は上手くいかなかったがじょじょに、慣れてきた。

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 私自身はもともと料理を自分でやることがなかったので、本を読んだり、Youtubeの動画をみながら、レシピをメモし、スパイスや食材を近所のスーパーで調達している。




 やはり、慣れない作業なので、だいたい2〜3時間かかり、料理ができあがる頃には、午後の3〜4時くらいになり、それだけでかなり疲れている。なので、最近のnote記事の更新が進んでいないが、それでも楽しい。
 自分でつくった料理は美味しい。そして、なによりもお金がかからない。仙台市のインドカレー屋でカレー単品だけ注文しても千円は下らない。だが、自分で食材を調達して料理できるのなら、千円以下で済む。もちろん、スパイスを何品も購入すると、千円以上になるが、それでも何度も使えるので一回スパイスを買えば、お金はかからない。

 なので、私はインドカレーをつくり続けている。

 インドカレーをつくると同時に、私はインド関連の書籍を読むようになった。

 理由は三つある。

 一つ目は、Youtube番組の一月万冊で特別ゲストとして東大准教授で、インド研究者の池亀彩氏が出演していたことである。出演者である安冨氏は、これからはインドに関する情報にかなりが集まると述べている。



 二つ目は、私が学生時代から読んでいる政治学者の中島岳志氏の初期の研究がインドのヒンドゥー・ナショナリズム研究だからだ。中島氏は実際にインドの現地に向かい、RSS(民族奉仕団)と云う政治活動団体を調査し、ナショナリズムがどのように民衆の心をつかんでいるのかをフィールドワークしている。なお、中島氏本人によれば、インドの研究は自身の原点と語っている。



 三つ目は、インド発の一神教であるシク教の聖地であるハリマンディル・サーヒブの無料食堂での調理の様子を描いたドキュメンタリー『聖者たちの食卓』を視聴したからだ。ただ、料理を調理し、巡礼者に食事を提供しているだけの映像だが、なぜかもの凄い衝撃的な映像であった。膨大な数の人間が調理をし、食事をしていると云うのが日本ではみたことがないからだ。



 ただ、いきなり哲学や思想は難しい。ヨーロッパや日本の思想はある程度理解があるが、インドの思想は独特の癖がある。背景には古代以来の強固な宗教観念があるからだ。サンスクリット語由来の言葉が多く、さらに、イスラム教の影響も考慮しなくてはならず、とっかかりづらい。

 なので、現在つくっているカレーと絡めて、本書を手に取ることにした。

 

著者略歴


辛島 昇(からしま・のぼる)
東京大学・大正大学名誉教授.専門は南インド史.1933年,東京生まれ.東京大学・マドラス大学大学院に学ぶ.著書に『インド入門』(東京大学出版会),『南アジア史』(山川出版社),『カレー学入門』(河出書房新社)などがある.文化功労者.
大村次郷(おおむら・つぐさと)
写真家.1941年,旧満州生まれ.多摩芸術学園写真科・青山学院大学卒業.インド,中国などのフォト・ルポルタージュ活動を行う.著書に『新アジア漫遊』(朝日新聞社),『シリーズ アジアをゆく』(全7巻,写真担当,集英社)などがある.


あらすじ


 著者の辛島昇氏(1933−2015)は南アジア史研究の第一人者であり、本書刊行時(2009)で半世紀近く、インドについて研究している。当然、現地でさまざまなカレーをはじめとしたインド料理を食している。著者の辛島氏は研究者でもあるため、単なる食レポではなく、インドの文化的な背景も記述している。


 冒頭の第一章で、インドで「カレーライス」を注文したある領事館員の失敗談が述べられている。その領事館員はアメリカからインドに赴任したばかりで、インドについては詳しくない。しかし、日本から来た代議士の相手をしなくてはならなくなった。あるとき、代議士は「せっかくインドに来たのだから、カレーライスが食べたい」と云い出した。だが、館員はインドのレストランに行ったことはなく、レストランの中華料理か、領事館で出される和食しか食べたことがなかったからだ。
 しかし、代議士からわざわざ頼まれたので、現地のレストランに行くことになった。そこで、“Curry and rice”と店員に注文したと云う。だが、店員は意味がわからず、館員はアメリカ風の発音で“Curry rice”と繰り返した。やがて、店員は意味が通じたらしく、料理のオーダを厨房に行なうために去っていく。やがて、注文どおり“Curry rice”が出されるが、それは「白いお粥のようなもの」だったと云う。しかも、独特の臭みがあり、どうしても食べることができない。仕方がなく、二人でホテルに向かい、中華料理でお口直しをしたと云う。

 その館員から“Curry rice”は白い粥で、臭みがあるのか、と辛島氏は尋ねられたわけだ。話を聞くうちに、辛島氏は、館員と代議士が訪ねたレストランで出されたのは「カレー」ではなく「ヨーグルトごはん」だと理解する。


 私たちにはごはんとヨーグルトはどうにも結びつかないのだが、インドの食事にヨーグルトはつきもので、とくに南アジアでは、食事の最後に、ごはんにヨーグルトをかけて食べるのが一般的なのだ。お弁当にも、ふつうのごはんとは別に、ヨーグルトを混ぜたごはんがちゃんと入っている。ヨーグルトはスパイスの辛さを中和してくれるし、カレーのあとでこれを口に入れると、さっぱりしている。したがって、ヨーグルトごはんそのものには何の不思議はないのだが、問題は、カールリ・ライスと言ったのに、なぜヨーグルトごはんが出てきたかである。
 インドでは、ヨーグルトにふつう「カードゥ」(curd)という英語を用いる。インド人の英語は、アールの音が強く発音される。その結果、マイ・カーはマイ・カールと発音され、その伝で、カードゥ・ライスと発音されるのである。したがって、館員が発したアメリカ式発音のカールリ・ライスが、カールドゥ・ライスとまちがわれてしまったというわけである。(12頁)


 一般的に日本語で、「カレー」とよんでいるのは、イギリス人が発明した「カレー粉」をもとにしてつくった「カレーライス」のことで、インドの料理ではない。

 では、本場インドの「カレー」とは何か?

 本書では、「カレー」と云う食文化がどのようにインドで成立したのかを記述していく。それと同時に、辛島氏が現地で食したカレーについても記述している。また、実際に現地で食べられているカレーやインド料理のレシピも記載されている。

 一口に「カレー」と云っても、それを口にしている人たちによって料理法がだいぶ異なる。それはインドの多様な宗教・文化・歴史・地理的的な背景があるからだ。

 清浄と菜食主義を志向するバラモン、不殺傷を重んじるジャイナ教、イスラム系の王朝のムガール帝国の宮廷料理、スパイスで東は中国、西はローマと交易を行なっていた南インドのケーララ地方、ポルトガルの旧植民地でヨーロッパ風の教会があるゴア、東南アジアに隣接し、ガンジス川が流れているベンガル地方、イスラム教・仏教・ヒンドゥー教と云った複数の宗教とシンハラ人・タミル人と云った複数の宗教と人種が混在しているスリランカ…。

 日本ではなかなかイメージしづらい説明も、写真家の大村次郷氏が撮影した色鮮やかな写真が助けてくれる。

 最終章で、辛島氏はインド文化において、「インド料理とよばれているものの本質は何なのか」について論じている。


 インドは多様性をもつ文化圏でありながら、そこに一つの統一性をももつ地域である。大切なのは、その統一性が、多様性を排除して、なにか単一のもので統一するのではなく、多様性を許容する形での統一であることである。(187頁)
 たとえば、ラーマ王子の活躍する有名な叙事詩「ラーマーヤナ」は、詩人ヴァールミーキがサンスクリット語で書き、のちに、王子をヴィシュヌ神の化身、あるいはラーマ神として崇めるようになった作品だけではなく、古くから「ラーマ物語」として、その仏教版、ジャイナ教版、あるいはいろいろの地方版があるのである。東南アジア版もあり、中国の『西遊記』も、その一つといわれている。(187−188頁)
 それを、インド料理について言うならば、南インドのサンバルだ、北インドのマトン・ローガンジョージだ、ベンガルのマチェル・ジョルだなどと言いつつ、それらはすべて、多種のスパイスを混合して味つけをし、ミルクをいろいろの形で多用する「インド料理」としての統一性を保っているのである。(188−189頁)


感想

 

 繰り返すと、私はインドカレーが好きである。

 そして、料理をする楽しさを教えてくれたのもインドカレーである。

 本書を読むと、「食」と云う身近でありながら、普段は思考の片隅に追いやりがちな存在について深く知ることができる。

 著者の辛島氏は半世紀以上もインド・南アジアの研究を行なっており、南アジア史研究の第一人者でもある。そんな辛島氏の話が面白くないわけがない。

 前述の領事館員の失敗談を聞いて、とっさに、「ヨーグルトごはん」を想起する他、辛島氏がインドで体験した数々の貴重な経験が述べられている。

 インドの大学に留学したさいに、ベジタリアンとノンベジタリアンの席にわかれていたこと、「古代ではバラモンでも牛を食べていた」と云う研究書を刊行して発禁処分を受けた大学教授との交流、世界的な歴史学者の自宅で本人お手製の料理を食したこと、スリランカの大学で客員教授をしていたときにゲリラの自爆テロに遭遇したことなど、普通に生きていたら経験しないことが非常に短い文章でしるされている。

 私はインドに関する書籍はあまり多く読みこめていないので、断定はできないが、インドと深く関わった人の文章は、日本だと大事になりそうなことをさも普通にあったかのような書き方をするような気がする。上手く言葉にできないが、書き手の能力が高すぎて、凄いことが極めて簡潔な文章に収まってしまうような気がする。上記のように、“Carry rice”から「ヨーグルトごはん」を導けることはそうそうできない。

 本書はそんな辛島氏の回想録としての性格も持っている。



 

最近、熱いですね。