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夏の夜

夜を歩く。
人気のない住宅地で一人、ぼんやりとつっ立っている品のいいお婆さんを見かける。
こんにちは。と声をかけたら、満月ね。と返された。
いや今夜は満月ではない、と思ったのでムゴムゴと返すともなく返す。少し欠けた蜂蜜色の月が綺麗だった。

私が住む何にもない東京郊外なんかで、一人夜にぼんやりと立つご老人を見かけると、つい徘徊か?と心配してしまうけど、先ほどのお婆さんはどうだったのだろう。
暑い夜はみんな用もなく道端に出てぼんやりする、そんな一昔前の下町みたいなら、そんなの普通のことだろうに。

夏の夜、外出たいだろう。少しでいいから人と話したいだろう。
どこかの家からお線香の香りがした。
東京は今、盆。

帰ってから、こどもの頃に母がたまに作ってくれた甘辛いそぼろご飯を何故か初めてカンを頼りに作ってみた。
すると案外再現できた。台湾の小さなどんぶり飯みたいなのだ。
夫がウマイウマイと汗をかきながらかっこんでいる。
記憶の中にしかなかった味を、今目の前にいる人と時を超えて共有できるなんて、不思議だ。

私の中には沢山の思い出があって、時々こうやって色も匂いもそのままに、引き出せる。
しあわせだなあと思う。

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