ロッキンチェアーの夜
それまで私が一緒にいた子たちとサラちゃんとは、何かが決定的に違っていた。
ただ美術が他より少し得意だっただけで、美大に入ったもののそんなにデザインに興味はなく、何をしたらよいかわからぬまま性欲と退屈と劣等感の狭間で身動きが取れなくなっていった、見た目ばかりが派手で綺麗だった女の子たちが、まわりにはたくさんいた。私は派手でも綺麗でもなかったので、その子たちの中にいて更なる劣等感に悩まされたものだが、同時に何もかもバカバカしいなとも思っていた。若さとはひたすらバカでめんどうくさいものだった。
一方でサラちゃんは、静かな佇まいなのだけど目が強く鋭く、身につけているものは地味だがよく見るとセンスが凄く良く、自分が美術の世界で何をやりたいか、何に興味があるかをしっかりわかっていて、今美大にいられることがどれだけ貴重なことかが充分に理解できている人だった。つまり、「しらけ世代」なんていわれた私たちの世代にあって、珍しいほどまっとうに美術を愛する美大生だった。そしてどこかが恐ろしくシャープで、同時にどこかが奇妙に鈍感で、不思議に老成した人だった。
私たちはレタリングの授業で知り合った。サラちゃんのつくるフォントは、彼女の佇まいと同じだった。清らかで言葉少なでセンスが良く、強く、必ずどこかにプッと笑えるユーモアと愛があった。
恋に落ちたといっていいだろう。こんな人はいない、と思った。私は猛烈に、強引に、サラちゃんに歩み寄った。
バス停まで一緒に帰ろう。どこに住んでるの?どんな本を読むの?どんなデザインが好き?好きな音楽は?最近どんな映画観た?
私は焦っていた。多分、サラちゃんは自分からはあまり語らない人だ。そして彼女から私へは歩み寄ってはくれないだろう。なぜか、そう確信していた。
今なら、いやいや多分ダラッと一緒にいさえすれば、頼んでなくてもポツポツ好きなこと話してくれるようになると思うよ?とも思う。でも、グッといっときあんな風に私から積極的にならなかったら、大学を卒業した後まで会うようにはならなかっただろう。
サラちゃんは笑うと猫みたいになる眼でニコニコしながら、慎重に一つ一つ答えてくれた。
郊外の団地に家族と住んでいること、最近はバイト代で河合隼雄先生の全集を買ったこと、文字と本が好きだからブックデザインに興味があること、好きな音楽はいっぱいあること、好きな映画もいっぱいいっぱいあること。
サラちゃんに教えてもらった素晴らしいものは、山のようにある。
たとえば佐野洋子のエッセイが素晴らしいこと、そしてサラちゃんは佐野さんご本人にナンパされてなぜかお茶したことがあるらしいこと、佐野さんはご本のまんまだったこと。
アキ・カウリスマキの映画はどれも素晴らしいこと、最近VHSのボックスセットを買ったこと、先日はプロジェクターを借りて大学の教室で上映会を開き、知人友人たちにカウリスマキ初期三部作を観せたのだが、終わった瞬間、「どや?」と皆を振り返ったら、皆の頭の上に「???」マークが沢山見えたらしいこと。訥々と丁寧に話すサラちゃんの話は、抜群にどれもひょうきんだった。
私はサラちゃんのおかげで、佐野洋子の『100万回生きた猫』も、『ラブ・イズ・ザ ・ベスト』も、谷川俊太郎との共作の『女へ』も知ったし、町田の今はもう無い、文化の香りがする、それはそれは内装が変わっていた美しい喫茶店の存在も教えてもらった。まるで『アタゴオル』という漫画の中にあるような店だった。オーナーは、一目見て魅力的な変人であると、わかった。
闇市の名残が残るような怪しいトタン屋根が連なる商店街にあった、古い電車の車両内としか思えないような小さな喫茶店も、彼女に教えてもらった。狭い椅子にギチギチに並んで濃い珈琲を飲んだ。そこも、もう無い。
それまで流行りのロックやポップしか聴いてこなかった私に、日本人によるカントリーやブルースやフォークなどの、深みや懐かしみある情熱的な音楽があることを教えてくれたのも、サラちゃんだった。
中でもSAKANAはサラちゃんが大好きで、一緒に何度かライブにも行かせてもらった。
曲調はアコースティックでメロウなのだが、ボーカルが恐ろしくソウルフルで、金色に太く丸く響き渡るような美声、わ、凄いな、こりゃ本物だ、と圧倒されたけど、その時は実のところ芯からはピンとこなかった。その時の私には、なんだか歌詞の内容が寂しく、センチメンタルに過ぎるように感じたのだった。
あれから20年以上もたった。
SAKANAというバンドはもう解散したそうだが、元メンバーの西脇さんとポコペンさんが、また何年ぶりかで共にライブするらしいことを先日、たまたまSNSで知った。そのときなぜか今こそ彼らの音楽を聞きたい!と強く思い、すぐにサラちゃんを誘った。
当日、仕事が押してしまったらしいサラちゃんは、ギリギリでライブ会場のバーに到着した。そのバーも、つい最近までコロナで営業を自粛していたらしく、人数を規制しながら、ようやくライブを再開したところらしかった。ライブや映画など芸術全般が人生の最大の糧であるサラちゃんまでも、ライブは10ヶ月ぶりだったそうだ。
皆マスクをつけて、話すこともなく、演奏が始まった。
西脇さんの抑制された繊細なギターとポコペンさんの変わらない金色の声が放たれる。すると、マスクで顔半分は隠れていたけれど、サラちゃんの眼がさっ!と輝くのが見えた。彼女とは真向かいに座っていたので、私からはよく見えたのだ。
サラちゃんは、幸福そのものとなって、揺れていた。ひとつひとつの音を、言葉を、大事に大事に食べているみたいだった。
仕事帰りの彼女がまとっていた、重くどんよりした疲れが無くなって、やさしい、柔らかな顔になっていた。本当のサラちゃんはこういう人なんだと、思った。
ポコぺんさんたちの楽曲が素晴らしかったのも勿論あるが、そんなサラちゃんを見ていたら、泣けてしまった。
この人からライブを、音楽を、芸術を、奪ってはいけない。ああこの人をここに連れてくるのが今回の私のミッションだったんだな。よくあんなSNSの海からピンポイントでこのライブのことを見つけ出したもんだ。私、やるな。というか、そもそも私が大学時代にサラちゃんに食い下がって好きな音楽について聞き出したからこその、今があるわけだよな。ということは、あの時やや強引が過ぎた私こそ、よくやった!て話じゃない?
ポコペンさんたちのライブが終わるやいなや、サラちゃんにそのことを伝えると、サラちゃんは「うん、そうだね。」といってケラケラ笑った。
ライブの間、幸福だったのはサラちゃんだけではない。サラちゃんに教えてもらってから20年以上もたって、その夜私は初めてSAKANAを聴いた気がしていた。
主にそれらは喪失についての歌で、全て無くしてしまったし時は移りゆくだけだけど、天使は全てを見てるから、それでもいいやと笑う、カラカラに乾いた自由の風が吹く、寂しいけどきっぱりと爽やかな世界だった。
こんなに素晴らしかったのか。今ようやく、私にも届いた。バカで若かった私は、なんにも聴いちゃいなかったのね。サラちゃんが、こんなにも素晴らしい楽曲を教えてくれていたとは。
サラちゃんは、温和に見えるが、とても厳しい。なぜ厳しいかというと、いつでもすぐそばにある死を見つめているからだ。ゾッとするほど透明で、深い死の湖の底を、目を逸らすことなく彼女は見つめつづけている。私はたぶん、彼女のその厳しさに惹かれた。私の中にもその類の潔癖さがあるけど、私はなんやかやと遊んで逃げおおせている。だから逃げないサラちゃんを凄い女だと尊敬しているし、時々つらくなりながらもサラちゃんに惹かれるのだと思う。
そんなサラちゃんがいっとき自由になれるのは、芸術の中でだけだ。知っている。私も時々そうだから。
そんな大事な世界を分けて、見せてくれてありがとう。
サラちゃんはやっぱり、昔っから趣味がいいんだなあ。
その夜サラちゃんにようやく、恩返しできた気がしていた。
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