見出し画像

わたしが愛した猫

真夜中、白猫をさがす
麻薬王のドラマを観つづける家族に猫はどこにいる?と聞くと
上にいる といわれ
ふりむくと 白猫がタワーの上でくつろいで わたしを見ている
まるで地球外にいるような遠さ
「あなたは 宇宙飛行士みたいだね」
白猫のつめたい頬を 両手でやさしくなでると
にゃーと鳴いて 彼は地球に降り立ち
わたしをじっ、と 見つめ
スタスタと歩きはじめる
それは白猫の 散歩にでるぞ の合図
わたしは彼の跡を追いながら 彼の背中をなでる
白猫はうれしそうにゴロゴロとのどを鳴らし 歩きつづける

白かった猫の背中が ふいに 黒くなる
わたしは5歳の子どもになっていて
黒猫の背中をなでながら 必死に跡をついてゆくのだ
黒猫は 時々ちらりと こちらを確認しながら
ギリギリわたしがついてこれる速度で スタスタ歩いてゆく
彼は猫の通り道の 通り方をおしえてくれている
黒猫は わたしの師匠だった

画像1

ある日、黒猫が変わった
黒かったけど 違う猫になっていた
入れ替わる直前に黒い新参の猫とわたしの師匠の黒猫が
庭でにらみあいをしていたのを わたしだけが見ていた
そのあと、師匠の黒猫は庭に二度と現れなかった
そのかわり 新しい黒猫が まるで何百年も前からそうしてきたかのように
同じ場所に居座って わたしの母からごはんをもらうようになった

わたしは母に告げた
「この黒猫は、今までの黒猫とは違う猫だよ 入れ替わったんだよ」
母は「はいはい」とおざなりに返事をしたが
忙しそうにすぐ家の中に入ってしまう

どうしよう わたしだけが知っている
この黒猫は わたしの師匠猫じゃない
なのに 新参の猫も まるで「ついてきなさい」と言わんばかりに
わたしを見つめて わたしが跡を追うのを待っているかのように 歩きはじめる
わたしは おずおずと 黒猫の跡を追う 
やがて 黒猫の背中をなでられるようにもなる
黒猫は ゴロゴロとうれしそうにのどを鳴らした
わたしは その黒猫も 可愛く思うようになる
喉に固い異物がはまりこんだ きもちのまま

師匠猫と新参の黒猫を愛することに どんな違いがあるのだろう?
何者かを特別に愛するってどういうことだろう?
どんな猫だって 人だって 入れ替わり可能なんだろうか?
わたしは 混乱した

黒かった背中が いつのまにか 白く戻った 白猫の跡を追って 彼の背中をなでる
白猫は 宇宙にいる透きとおった遠い目で わたしをふりかえる

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?