見出し画像

食と健康とアスパルテーム

この手の話を書くと知らない人から石投げられたりするんですが、不安に思っている人の心配が多少なりとも取り除ければと思い筆を執ります。今回は先に結論を言いますが、「知った上でそれぞれが好きなように判断されるのが良いと思います」ということです。

アスパルテームの発がん性の可能性の発表

最近非常に話題になっている人工甘味料「アスパルテーム」。その発端はWHO(世界保健機関)が「アスパルテームには発がん性があるかもしれない」と発表したことでした。

太字にしたのはとても重要なことだからです。発がん性という機能よりも重要です。「かもしれない」です。上記ニュースを見て頂いても分かる通り、調査している研究者の間でも意見が分かれている(試験結果を見て因果関係があるとする派と無いとする派)のが現状です。ただ、様々な議論をした上でまず周知することに決めたのでしょう。

さて、コロナ対応では散々批判されたWHOですが、国際機関ですので、その下部組織である「国際がん研究機関」が2Bにアスパルテームをランクしたということで大々的に報じられました。もうこれだけで不安を煽る報道やSNSでの書き込みが横行しましたが、そもそも2Bって何なのでしょうか?ツービートでしょうか?違います。(ネタが古い…)
※ビートたけしビートきよしの漫才コンビ

国際がん研究機関の発がん性分類については日本の農水省のホームページに解説があります。

ここの言葉を借りれば、この2Bとは
・ヒトにおいて「発がん性の限定的な証拠」がある
・実験動物において「発がん性の十分な証拠」がある
・「作用因子が発がん性物質の重要な特性を示す有力な証拠」がある
のいずれか1つが満たされれば分類、となっています。なお2Bの場合「どう作用してがんになるのか」までは解明されていなくて良いとされています。
そして肝心の今回の国際がん研究機関のレポートですが、つたない私の英語力で読んでみたものの、上記3つのどれに当たったのかは明示されていなさそうです。実験の条件なども明示されていません。それよりもどちらかというと「引き続き調査が必要である」ということを言っている様に見えました。

他に2Bに分類されているものはどんなものかと言えば、分かりやすいもので言うと、食べ物だと「わらび」や「漬物」が入っており、その他化粧品に使われることがある「アロエ抽出物」、サプリメントに使われることがある「イチョウ抽出物」なんかが入っていますね。ちなみに私も大好き「アルコール飲料」は2Bの二つ上、発がん性確認ブッチギリのグループ1に堂々のランク入りをしています。
リストはこちら

過ぎたるは及ばざるがごとし

以前にもこのnoteでは書きましたが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」の故事にある様に、何事もほどほどが良いのです。アスパルテームについても「体重1kgあたり1日40mg以下なら安全」とされており、かねてからのこの基準は変更なしというのが今回のレポートに含まれています。
水だって飲みすぎれば水中毒といって健康障害が出ますし、塩だって食べ過ぎれば高血圧で健康を脅かします。油や砂糖は取り過ぎれば肥満になり万病のもとですし、ポパイが食べてるほうれん草だって食べ過ぎればシュウ酸が尿道結石になったりするんです。どんなものでも食べすぎれば害があるということは食品の安全性を考えるうえで是非頭の隅に置いて頂きたい事実です。

人工甘味料という存在

アスパルテームとは人工甘味料の一種です。他にはアセスルファムカリウム(原料表示では「アセスルファムK」と書かれることが多い)とかスクラロースなどがあります。「カロリーゼロ」と書かれるダイエット系食品に良く使われており、そのものが熱量を持たない、もしくは非常に少ないのでカロリーカウントされません。それでいてアスパルテームは砂糖の200倍、アセスルファムKは250倍、スクラロースは750倍「甘く感じる」のです。大変便利な甘味料です。

先ほどの摂取上限を砂糖に換算してみましょう。成人男性体重70kgとすると、
70×0.04g×200=560g
つまり、砂糖560gぶんの「甘さ」を摂取して良いということになります。分かりにくいでしょうか。砂糖大さじ1が15gです。ロールケーキ1本(ひと切れではなく1本)で使う砂糖が60g前後です(はちみつや練乳などが若干加わりますが)。どんなに凄まじい甘味かお分かり頂けるでしょうか。体重35kgの子供でも280gです。こんなに食べれるわけがない。笑

このように人工甘味料は機能性を持った食材です。「甘いものは食べたい・飲みたいけれど、太るのは困る」という人間のわがままな欲望を満たすために使われていますし、その為に開発されました。この他、砂糖だけで作ると甘ったるくなるので、人工甘味料を加えてキレを良くしている(人工甘味料は後味が薄い)。なんて場合もあるかもしれません。しかし、何にでも入っているわけでは無いですし、「甘いものが苦手」「そんなものに頼らずとも鉄の意思でダイエットしている」という様な人には無用のものです。

食品の安全性審査

大前提ですが、日本においては既存の食材(野菜とか肉とか米とか)を除いて、特に人工物については厚生労働省での安全性確認、厚生労働大臣の認可を受けなければ、使用は勿論製造から輸入に至るまで一切不可です。そして使用量や純度なども厳しく規定されています。そしてその安全性については食品安全委員会で審査されています。

食品安全委員会では科学的な手法によって安全性を検証します。新たに発見した画期的な化合物なんてものはそうそう簡単に審査を通りません。では、その審査が誤ることは無いのでしょうか?

過去に食品安全が揺らいだと騒がれたケース

審査も検査もテストも人間が行うことですから、「絶対」はありません。そしてそれが大きく話題になったのが「エコナ」のケースです。

覚えておられる方がどれくらい居るかわかりませんが、かつて花王から発売されたエコナという油脂製品がありました。エコナは食べ、消化吸収された後体内で油に再合成されにくい(体脂肪になりにくい)ということで特定保健用食品、いわゆるトクホの指定を受けていました。(念のためですがトクホは厚労省審査であって食品安全委員会ではなく、食品安全委員会は厚労省ではなく内閣府の直轄組織です)
しかし、エコナの中に含まれるグリシドール脂肪酸エステルという物質が体内で発がん性のあるグリシドールに変換されるのではないかという懸念が発生し、食品安全委員会で「危険性が無いわけではない」という意見が出され(どれくらい変換されるのかというのは確認できなかった)、消費者の不安の声もあって最終的に2009年に花王が製品を回収、販売停止しました。

一時とはいえトクホの指定まで得ていた食品が販売停止になったという事で当時大騒ぎになったわけですが、客観的に見れば問題は「グリシドール脂肪酸エステルがどれくらいグリシドールになるか」という点だったようです。トクホの審査としては問題無いとして許可をし、その後再調査の提案がされ、最終的に厚労省としては「長期・大量に摂取した場合までは確認できないが、一般的な量ならば動物実験も行ったが無視できるレベルであった」という結論を出しています。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000069110.pdf

花王は現時点でもエコナは販売再開していません。

私個人としては本件で日本の食品安全行政が揺らいだとは考えておらず、世論に振り回された部分がありつつも、再審査、結論まで出しましたから、ちゃんと機能したと考えます。世間的には完璧性を要求する、期待するところがあるかと思いますが、所轄部門の人が変われば懸念点も度合いも変わりますし、科学は日々進化しているので、新たな発見によって懸念点が後から出てくることもあります。ですから、一度審査したらほったらかしにするのではなく、最新の知見も追いながらちゃんと必要に応じて再審査するくらいが良いのだと思います。

毒とは

最初の方の話に戻りますが、どんなものでも過ぎれば毒物になります。悲しい話ですが戦時中は徴兵を逃れるために大量の醤油を飲んで身体を意図的に壊すという行為があったという話もあります。そんな大量の塩分が入れば腎臓が壊れます。
「一回にどれくらいの量を食べるか、どのくらいの期間・頻度で食べ続けるか」というのは毒性を計るにあたってとても重要なポイントです。フグの毒であるテトロドトキシンやボツリヌス菌の毒などはごく微量に摂取しても死につながりますが、そんなものは最初から食品に使われることなんてありません。今回のアスパルテームも同様に、懸念点は示されましたが、摂取上限を変える必要なしとしているわけですから、毎日職場でガムを数粒食べてる程度なら気にする必要は無いという事です。

食べるものをどう選ぶか

これらの話を踏まえて、食べるものをどう選ぶかという結論に入るわけですが、私は「そんなに気にしなくても良いのではないか」と思います。「そんなわけにいくか!」という心配をされる方もいらっしゃると思いますし、そればっかりは止めようがない心理なのですが、医学的には気にして降りかかってくるストレスの方がガム一粒に含まれるアスパルテームよりずっと有害です。(ストレスは太ります)
私達食品会社も好んで大量に添加物や人工甘味料を湯水のように使いたいわけではありません。顧客からの要望に応じたり、機能を加えるために制限内で使用します。それを信じて頂きたいと思います。違反しても信用を失うだけですし、食品会社が信用失ったら終わりですから。口に入る物に対する信用の影響は他の業界よりも大きいと思います。

そしてもう一つ重要なことは、人それぞれ違う食品に対する考え方については百人百様で良いという事です。「あれを食べない方が良い」「これはよくないと聞いた」なんて話を押し付けることは往々にしてモメ事のもとです。オーガニックが良いという人も、ベジタリアンの人も、鶏むね肉ばかり食べているマッチョな人も、それぞれ好きなものを食べればよいのです。他人に干渉が許されるのは親が子供の好き嫌いを何とかしたいと思うことくらいじゃないでしょうか。

大切なことは何か一つに偏って食べ続けたり、大量に食べたり飲んだりしないようにすることです。どんなものでも食べ過ぎれば健康を損ないます。

バランスよく腹八分目に食べ、適度に運動してよく眠る

これ以上の健康法はありません。
今回のアスパルテームの様な報道に飛びつくのではなく、中身をよく聞いて、問題ない範囲でストレスの無いように対応するのが良いと思います。なんだか怖いので食べないようにするというのであれば、それもいいでしょう。でも命にかかわるようなことは無いように私達食品メーカー・業界も日々気を付けているということも覚えておいていただけると幸いです。

食品業界の片隅にいる人間として皆さんの幸せな食生活をお祈りしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?