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美味しさとは?

美味しいものが好きなのは万国万民共通ですが、何をもってして美味しいと感じるかは実に様々で複雑です。

化学的にいう所の「美味しい」とは?

人が美味しいと感じる塩分濃度については大体の知見が得られており、

味噌汁で0.8%くらい
メインのおかずで1%~1.2%くらい

と言われています。ところが、この塩分ですら厄介で、実は食べるものの温度や甘味や酸味とのバランスで感じ方がまた変わります。化学的な濃度は変わらなくても「うすい」と感じたり「濃い」と感じたりするのです。

人間の味覚は五原味(塩味・甘味・うま味・酸味・苦味)と言われています。舌にある神経細胞がこの5つには別の反応をして脳に伝えるということです。ちなみに唐辛子やワサビの様な「辛味」は味覚ではなく「痛み」に近いものとして味覚細胞ではなく痛覚の機能が感じていますので「味覚」にはカウントしません。

食事の味はこれら5つが複雑に組み合わさったものを舌で感じていることになります。ところが、先ほども触れた「料理の温度」や「他の味との兼ね合い」で感じ方が違ったり、はたまたその時の体調で味の感じ方は変わります。例えば鼻が詰まってると味がしなかったり、疲れてると酸っぱいものを美味しく感じたりしますよね。アレです。

こういったものは私達食品開発をする人間には厄介極まりない感覚です。「体調不良の時なんてしらねーよ。たまだろ。いやでも、お腹空いてない時にこの味はキツいかな…。そういえば子供はもうちょっと甘いほうが良い?でもそうするとご飯との食べ合わせ悪くなりそう…」てな具合でして、ノイローゼになりそうな勢いで悩みます。悩みに悩んで「これだ!もうこれしかない!」と決めて開発会議に臨み、そして社長に「うーん、味ボケてんな。もうちょっと濃い目の方が良くない?」とか言われて開発部員は社長に対する殺意をせっせと涵養するのです。社長もつらいんや。

味覚細胞は化学的な作用で味を感じていることが分かっていますから、逆に「体調に左右されたり、他の味との兼ね合いで感じる強さが変わったりしないセンサーがあれば客観的に美味しさを計れるのではないか」という研究は昔からされていました。現在ではベンチャー企業が味覚センサーを開発し、食品企業の開発業務に関わったりして話題になることも出てきました。

しかし、化学的な味覚の働きはさておき、それを「美味しい」と感じるかにはまた別の要素があると私は思います。

「記憶」という絶対に勝てない相手

「懐かしい味」「母の味」というのは我々メーカーには本当に困りものです。その地域特有の味の傾向、いつもご飯を作ってくれたお母さんの味付けのクセ、こういったものが記憶の中に長い時間をかけて刻み込まれ、それがその人の「美味しい」を形作っていることは良くあります。

地域差の典型といえば日清食品さんの「どん兵衛」は地域で味を作り分けているというのは有名な話です。実は西日本東日本のほかに北海道版というのもあります。その他、九州の醤油の多くに甘味がつけてあることや、関東では関西程ポン酢を使わないことなど、実に様々な地域差があります。子供時代に過ごした地域の特徴がその人の「食べ物のあたりまえ」になることは少なくありません。(他の地域に行ってびっくりする)

地域差をマクロの差とすれば、一つ一つの家庭の傾向はミクロの差となって現れます。特に母の味は偉大で、私はかねてから「家庭の味は母系遺伝、夫の実家の味は無視され、妻の実家の味の好みが優先されることが多い」説を唱えていますが、それくらい毎日慣れ親しんだ味=美味しいと認識されることは多く、大抵作り手となるお母さんの慣れ親しんだ味が優先されるという話です。ある種の美味しさの物差しになっているのでしょう。

この他「苦労して上った山の上で食べたインスタント味噌汁の味が忘れられない」とか「失恋してご飯作ったら、信じられないくらい不味いもの(未だに歴代最高位)を作ってしまった」(筆者個人的経験談)とか「部活の引退試合に負けてみんなで食べた牛丼の味」とか、「味覚で計れる以外の要素、特に記憶が乗ってしまう」のが食べ物の味の面白いところです。もはやこれらは理屈ではないし、食品メーカーが何をしても勝てません。笑

美味しいは難しい

この様に、「美味しい」には様々な要素が絡み合っており、「万人に美味しいと言わしめるものは存在するのかさえ怪しい」と思わずにはいられません。それでも私達食品メーカーは「せんみつ(1000個に3個)」とさえ言われるヒット商品を目指して日夜商品開発に勤しんでいます。

新製品を手に取ったら、そんなことも思い起こして頂けると嬉しいです。そして「そういえば私はなんでこれ(食べ物・料理)が好きなんだろう?」って改めて考えて見ると、意外な記憶にたどり着いたりして面白いですよ。

さて、皆さんの「美味しい」はどこから?(パブロン感

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