【マルセイユタロット:3.女帝】記録①
みなさん
こんにちは
こんばんは
マルソルです
①.今日という人生、私はどの視点から見る?
今日の私の人生
このカードの視点から見たらどう見える?
②.今日の1枚
「3.女帝」
何か計画的に動いたり、戦略的に行動しようとしてる?
そんなこと女帝はしない
ただ座って待ってるだけ
欲しい物は欲しい時に誰かが運んで来てくれるし
何かをする必要がここにはない
ただ単純に、
「楽しいな~、嬉しいな~、気持ちいいな~、あら、ありがと~」
って、喜びを満面に出して表すだけでいい
喜びの出し惜しみなんてしない
その気持ちのまま、やりたいことをやって喜びの中にいる
何もしなくても許される
女帝の視点が示すのは、
「甘えが許され、あなたはあなたのままでいい
そして、我慢なんてする必要はない」
③.気づき
「”女帝”ではなく、それは”皇帝”」
以前、最強の元お姑さんがいたんだけど
周りの人達から、そのお姑さんは身内から"女帝"と言われていた。
なぜなら、家の主導権はほぼお姑さんが握っており、彼女の判断がすべてだったからだ。
未婚の息子のお嫁さん探しも、お姑さんのお眼鏡に敵わないと認めてもらえないような雰囲気もあってか、なかなか義兄は結婚せずにいい歳になっても実家暮らしをしていた。
それから、こんな話も聞いた。
身内の不幸で親戚が集まった際、親戚の人が食器を洗い片付けてくれていたのを、お姑さんは自分の思うように片付いていなかったのだろう、また洗い直し片付けていたそうだ。
はたまた、私が洗って伏せていた食器の置き方も、お姑さんの思う置き方と違うという不満を、私がいないところで話していたのである。
こんな話を見聞きしたうえ、家族や親族からは女帝だと言われていて、当時の私もお姑さんのことを、この家に君臨する”女帝”だと思っていたが、実はこのお姑さんは、
"女帝"ではなく、"皇帝"だったのだ。
今なら理解できる。
このお姑さんがその家で1番忙しく働いて動いて、彼女にとって理想の状態を築くために日々指揮をとっていたのだ。
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「”女帝"と世の中の女性像は違う」
ただ、このお姑さんの行動は、日本的には理想的な女性像、妻の鏡と捉えらるところだろう。
妻としてよく働き、家庭を支え尽くしているのだから。
だからこそ、
「女帝=なにもしない」
というところで、最初は違和感を覚えるのかもしれない。
世の中の女性像には、
「おい、お茶」
「はい、あなた」
「おい、飯」
「はい、あなた」
「風呂」
「はい、あなた」
と、こうも献身的に夫を支える必要があるのか?というくらい、一歩下がって、夫を立てて、妻は目立たず主導権も持たず、謙虚に影に徹しているのが美しく「女性らしい」とされ、世の中の女性像のようになっているが、
これは
「女帝=なにもしない」
と、いうところから見ると
タロットでいう”女帝”では全くない
ということが、とてもよくわかる。
さあ、では
④.本題
「”女帝”という視点から見た自分はどうだろうか?」
・バリバリと皇帝でいつも行動していないか?
・なにもせず、微笑んで当たり前に受け取ることに抵抗を感じないか?
・自分がなにもしなくてもそのままの自分でいて良いと
すんなり受け入れることができるか?
・純粋に楽しい~、嬉しい~を素直に表現しているか?
このカードから見た私は、今どんな感じだろうか。
そして、このカードの持つ意味がバランス悪く働いているその原因はどこにあるのか。
そこに私は気づけただろうか?
私への問いかけは続いていく…
ではまた。
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